2009.10.03

ポーツマスの旗

 【書 名】ポーツマスの旗
 【著 者】吉村 昭
 【発行所】新潮文庫
 【発行日】1983/5/25
 【ISBN 】4-10-111714-4
 【価 格】552円

司馬遼太郎「坂の上の雲」の後に読むと最適ですね。日露戦争でやっとこさ勝ちましたが、その後、ロシアと戦う力はどこにも残っていませんでした。金も兵もない状況では講和するしかありません。日本に金も兵もないことがロシアに漏れると、ロシア側に講和の意欲がなくなるため秘中の秘でした。

もちろん国民は知りません。講和条件がよくなければ、講和を破棄して戦えというのが大多数の国民の総意でした。国民の怒りを買うことを覚悟の上で、小村寿太郎が全権を引き受け、講和にこぎつけたます。講和後に政府は薄氷の戦いだったと国民に言えなかったんですかね。軍部の膨張などを抑えられたかもしれません。

ポーツマスで行われた丁々発止の講和交渉が描かれていますが、途中何度も決裂しそうになったり、アメリカ世論を操作したりと外交交渉の舞台裏が見事に描かれています。

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2009.05.28

史実を歩く

 【書 名】史実を歩く
 【著 書】吉村 昭
 【発行所】文春新書
 【発行日】1998/10/20
 【ISBN 】4-16-660003-6
 【価 格】680円

作家の吉村氏が知的生産をするために、どう資料を収集しているかノウハウが語られています。特に歴史ものは現場へ行くとヒントや先行して研究している郷土史家がいるんですね。

生麦事件についても生麦村のどこで発生し、切ったのは誰か、リチャードソンがどこで死んだかも解明されています。切ったのは奈良原という野太刀流の名手で、南北朝時代に使われた長くて太い太刀で馬に乗ったリチャードソンを下から切りつけ、その後、肩から切っています。馬の乗った人物の肩を切れるのか疑問に思った作者は、実際の野太刀流を見て納得したそうです。

生麦事件が発端となって薩英戦争が起きますが、イギリス側が3隻の汽船をだ捕して焼いてしまいました。乗組員はすべて上陸されましたが、船奉行の松木と添役の五代はこのままだと、汽船を奪われたと藩からとがめられるとそのまめイギリス船に乗って江戸へ逃げていたんですね。この五代が五代友厚です。


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2009.05.09

合戦の日本地図

 【書 名】合戦の日本地図
 【著 書】武光 誠 合戦研究会
 【発行所】文芸春秋
 【発行日】2003/6/20
 【ISBN 】4-16-660321-3
 【価 格】790円

倶利伽羅峠の合戦から幕末の函館戦争まで20の合戦が出てきます。時代別ではなく北海道、東北などの地域別に紹介されています。

合戦史が巻頭に掲載されていますが、古代では弓矢による戦いが中心で、優劣がはっきりすると休戦を申し入れて講和条件の交渉に入り、白兵戦にまでうつることはあまりなかったようです。やがて武士が登場しますが、当初は一騎討ちが中心でした。

転換点となったのが元寇です。集団戦術を眼のあたりにし、集団で戦う戦へと変貌していきます。

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2009.04.29

悪人がつくった日本の歴史

 【書 名】悪人がつくった日本の歴史
 【著 者】小和田 哲男
 【発行所】中経文庫
 【発行日】2009/4/4
 【ISBN 】978-4-8061-3324-7
 【価 格】571円

歴史上、悪人と言われる人物が実はどうだったのか書かれています。

戦国時代の陶晴賢は主君に当たる大内義隆に謀反を起こしたので悪人と呼ばれていますが、実際は大内の出雲遠征が失敗し、また後継者が死んでしまったこともあり大内義隆の人格そのものが変わっていきます。悪政から領民を守らないと、このままでは国が滅ぶという危機感からクーデターが決行されたというのが本当のようです。

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2008.12.12

うわさの日本史

 【書 名】うわさの日本史
 【著 者】加来 耕三
 【発行所】NHK出版
 【発行日】2008/11/10
 【ISBN 】978-4-14-088273-3
 【価 格】740円

よく知っている歴史の事件ですが、うわさを元に芝居や小説ができ、またそれが歴史と信じられ、どんどん変わっていきます。

例えば筆者によれば忠臣蔵でわかっていることは2つしかないと書いてあります。
1.浅野内匠頭という若い田舎の大名が逆上して、老人の吉良上野介に切りつけたこと
2.徒党を組んで吉良上野介を襲い、46人が切腹したこと

そもそも綱吉が時の将軍で、庶民が生類憐みの令で難儀をしていたことが背景にあります。浅野が切腹で、吉良はおとがめなしになりましたが、どんな人物か分からないのに吉良はにくたらしく賄賂ばっかりとっているというイメージを庶民が作ってしまいました。これは喧嘩両成敗としなかったのは幕府のミスというふうにしたかったからです。

というわけで、いろいろな脚色が加えられていきます。

赤穂浪士の赤垣源蔵がいろいろと面倒をみてもらった兄に最後の別れの挨拶にいったところ、あいにく所用で外出していました。そこで兄の羽織を出してもらって、持参した徳利で羽織に向かい「兄上、行ってまいります」という名シーンがありますが、実際の赤穂浪士のモデルになった人物には兄はおらず、酒が飲めなかったそうです。

この本によると日本で一番多かった一杯飲み屋の名前は「赤垣屋」だったそうです、もちろん忠臣蔵からとっているそうで、これは知りませんでした。

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2008.05.21

歴史人物・意外なその後

 【書 名】歴史人物・意外なその後
 【編 集】泉 秀樹
 【発行所】PHP文庫
 【発行日】2006/3/17
 【ISBN 】4-569-66606-X
 【価 格】571円

歴史に登場する人物のその後を取り上げた本です。伊能忠敬に弟子入りした少年に17歳の箱田良助がいました。測量を手伝い、幕府の天文方になりますが、この人物の息子が榎本武揚になるそうです。

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2007.10.12

日本遺構の旅

 【書 名】日本遺構の旅
 【編 者】なるほど地図帳日本編集部
 【発行所】昭文社
 【発行日】2007/9
 【ISBN 】978-4-398-14305-1
 【価 格】700円

歴史や地図から消えてしまった遺構を紹介していますが、知らない話題も多いですね。

■渋谷にロープウェイがあった!
渋谷の東横百貨店から玉電ビルまで山手線や貨物線の上を通る80mほどのロープウェイでした。東横百貨店の屋上にあったアトラクションの一つだったため、降りられずまた東横百貨店に戻ってくるロープウェイでした。1951年に出来ましたが玉電ビルの解体によりなくなりました。

■安濃津
「廻船式目」に三津七湊に出てくる安濃津ですが、大地震で湊が壊滅したというのが定説でした。どうもそうではなくラグーンになっていた藤方がだんだん自然に埋没していたのと城下町として整備されたのが原因のようです。今は伊勢湾に流れている岩田川ですが当時は途中から北に向かい安濃川に合流していたんですね。


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2007.04.28

古戦場 敗者の道を歩く

 【書 名】古戦場 敗者の道を歩く
 【著 者】下川裕治
 【発行所】講談社アルファ文庫
 【発行日】2007/4/20
 【ISBN 】978-4-06-272434-0
 【価 格】800円



「週刊ビジュアル 日本の合戦」の連載をまとめたものです。実際に道を歩いた体験レポートですが、同じところを複数の人が歩いて、それぞれの文章が載っていますので、できたら一つに編集してほしかったですね。

■関ヶ原
実際に歩いてみると細かな武将の墓などがあるそうで、例えば平塚為広という大谷吉継の武将の墓があり、女性運動家・平塚らいてうのご先祖さんなんだそうです。

■赤穂義士の歩いた道
吉良邸から泉岳寺に向けて赤穂義士が歩いた道です。どこを歩いたかは定かでありませんが、隅田川を越えると聖路加看護大学にまず向かっただろうと推測されています。ここには赤穂藩の江戸上屋敷があり、既に幕府に取り上げられていましたが赤穂義士にとっては感慨深く立ち止まった場所のようです。

→ 『古戦場 敗者の道を歩く』

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