2026/08/05

天気が動かした日本史

 【書 名】天気が動かした日本史
 【著 者】斎藤義雄
 【発行所】知的生きかた文庫 三笠書房
 【発行日】2026/08/05
 【ISBN 】978-4-8379-8980-6
 【価 格】770円

■山岳波
1966年3月5日 大型ジェット機が空中分解 山岳波に伴う剥離現象が発生した模様
山の表面を移動する気流が大きくバウンドしながら山の表面から遠ざかるときに細かく上下動し、その上下動が乱気流として山の風下側のはるか遠くまで連続する現象

■バルチック艦隊
当初はスエズ運河経由でインド洋へ出る予定が石炭や積載量が多すぎて、少数の船だけスエズ運河を通し、他は喜望峰まわりとなりました。

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2026/08/01

真・日本の歴史

 【書 名】真・日本の歴史
 【著 者】井沢元彦
 【発行所】幻冬舎文庫
 【発行日】2026/07/10
 【ISBN 】978-4-344-43571-1
 【価 格】810円

■日本に馬車がない理由
レンガを使わずに木造建築が用いられています。地震に弱く、レンガの建物の中にあるものは湿気に弱くなります。日本各地に廃寺跡がありますが、初期には朝鮮半島の寺を見習ってレンガで作っていたのが地震で崩れた可能性があります。日本書紀には聖徳太子の時代に大地震があった記録があり、廃寺跡からは、よく?(せん)が見つかります。

■女性の名前
帰蝶、ねね、まつ、千代など織田信長以降は女性の名前が記録にのこるようになります。

■水に流す
清らか-穢れていない
葬式の帰りに「清めの塩」を渡されますが、日本だけの風習で仏教ではなく、死が穢れで禊の代わりに「清めの塩」を使います。古代、天皇が亡くなると穢れから一代ごとに宮を作り直します。天皇陵の周りに水堀がありますが、穢れを閉じ込めるためでもあります。持統天皇は自らを火葬にさせ、恒久的に続く宮を実現させました。白村江の戦いで日本を敗れ、宮を移転するようなバカなことをやっていたら国力をあげられないと考えたようです。

■能
テーマは怨霊ですが、世阿弥は能面という装置を考え、つけている間は怨霊ではずせば人間に戻せるようにしました。

■邪馬台国
台は当時の中国では「ド」と呼ばれ、ヤマドコクと呼ばれたとすると大和朝廷となります。

■平家
貿易が源泉でしたので、土地所有を絶対とする開拓農民である武士の気持ちは理解できなかったようです。

■石井進
「戦国時代研究に、本当に大きな中世史家がすくないのはなぜだと思う?」
答えは「司馬遼太郎ほど面白く書けないからだよ」

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2026/06/28

こわい日本史

 【書 名】こわい日本史
 【著 者】本郷和人
 【発行所】扶桑社
 【発行日】2026/05/15
 【ISBN 】978-4-594-10254-8
 【価 格】1,600円

■岩松家
新田家の分家で本家が断絶していたため新田の本家扱いの家でした。家康が系図を見せてほしいと言ってきたのを系図を乗っ取られると思い断ったことから岩松家は報復されます。旗本寄合席に任命されます。旗本ながら、ほとんどの大名扱いでした。200石しかないのに参勤交代をしなければなりません。養蚕地域でしたのでネズミ除けになる猫の絵を殿様が書いて売っていました。

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2026/06/25

軍師の日本史

 【書 名】軍師の日本史
 【著 者】呉座勇一
 【発行所】角川新書
 【発行日】2026/06/10
 【ISBN 】978-4-04-082474-1
 【価 格】1,300円

■楠正成
永禄2年(1559年)楠正成の末裔をなのる楠正虎が朝廷に朝敵とされていた正成の赦免を嘆願し、認められます。これが契機となって太平記が研究されるようになります。

■宇佐美定行(定満)
上杉謙信の軍師と言われていますが、紀州藩に仕えた宇佐美家が古文書を偽造していたようです。また「甲陽軍鑑」を盗み写して謙信側から見た川中島の戦いなどを「北越軍記」に記載していたようです。紀州徳川家としては武家社会の最上位を占める家格であることを宣伝するために越後流軍学者を探していました。徳川家は甲賀流でしたので、信玄を凌駕していた越後流を採用します。

■黒田官兵衛
有岡城で狭い牢に閉じ込められたという説もあやしく大切な人質として扱ったようです。また人質の黒田長政を信長が殺せと命じたのも創作のようです。

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2026/06/15

日本史の宝箱

 【書 名】日本史の宝箱
 【著 者】東京大学史料編纂所
 【発行所】中央公論新社
 【発行日】2026/05/25
 【ISBN 】978-4-12-102909-6
 【価 格】1,100円

■金漆
武具に使われましたが正倉院の武具は恵美押勝の乱で朝廷軍が持ち出していまい、残っていません。弓などの金属部分に塗ってサビを防ぎ、黄金の輝きを添えることができました。百済の特産品として知られていました。

■火薬問屋
幕末、ペリー来航などで火薬のニーズが高まり、嘉永7年に町奉行が江戸の火薬問屋を調べたところ61名の火薬商人がいましたが、質屋、雪駄屋、居酒屋などが新規参入していました。

■TEI
Text Encoding Initiative
人文学資料を構造的にデジタル化するための標準策定を目的とした、国際的かつ学際的な共同プロジェクトでXMLを基盤にしています。

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2026/04/22

新装版 教科書から消えた世界史

 【書 名】新装版 教科書から消えた世界史
 【著 者】土井昭
 【発行所】扶桑社新書
 【発行日】2026/03/01
 【ISBN 】978-4-594-10222-7
 【価 格】1,200円

■嘆きの壁
モリヤの地に神殿を建て、十戒が刻まれた石板をおさめたアークが安置されていましたが、バビロン捕囚後に破壊されてしまい、アークも行方不明になってしまいます。

■武士の数
幕末 日本の7%が武士で、特に薩摩では26%で4人に1人が武士でした。

■奴隷貿易
白人が黒人を捕らるイメージがありますが、実際は別の部族を襲って、奴隷として売るという黒人同士の奴隷狩りでした。この部族間対立がいまも尾を引いています。

■日米開戦
チャーチル首相はアメリカのルーズヴェルト大統領に参戦するように要請しますが、国内世論は反対が多く断ります。ルーズヴェルト大統領は3期目の出馬を考えていましたが苦戦が予想されました。そこでチャーチルは働きかけをして「3選できればヨーロッパの戦争に参戦してもよい」という約束を取り付けます。アメリカの世論を動かすためスパイを送り込んで女性スキャンダルなどで、さまざまな工作を行います。

3選できましたが参戦しないという公約でしたので、覆すわけにはいきません。そこでドイツに対して挑発しますがドイツはのってきません。そこでドイツの同盟国だった日本を的にし、ハルノートとして日本が絶対にのめない条件をつきつけます。これが真珠湾攻撃になります。背景を知っているマッカーサーは「日本は自衛の戦争だった」と発言しています。

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2026/04/15

教科書に載っていない日本史のおカネの話

 【書 名】教科書に載っていない日本史のおカネの話
 【著 者】丸山淳一
 【発行所】中公公論新社
 【発行日】2026/03/25
 【ISBN 】978-4-12-006012-0
 【価 格】1,700円

■永楽通宝
信長が黄色地に永楽銭の入った幟を使っていたと島津家久の状況日記に記録として唯一残っています。織田軍の傭兵募集「足軽募集中 織田軍で手柄をたてて稼ぎませんか」という広告塔だったという説もあります。

■京都の地子銭
光秀は地子銭を永久免除にしましたが、光秀を討った秀吉は無効にしましたが民衆の突き上げがすごく天正19年(1591)に永久免除を認めます。関ヶ原後も免除され、家康はさらに江戸の地子銭を免除し、家光が京都の洛外と堺、大坂、奈良にも免除を拡大しています。ただ秀吉、家康、家光は宣伝しておらず京都の税の免除は不本意な譲歩のようです。後に荻生徂徠が吉宗に「主殺しの明智の恩徳を末代まで人々に有難がらせるとはどういうことか」と進言しましたが既得権益は打破できませんでした。

■町奉行
明治維新までの約300年で南北あわせて約100人が町奉行を勤め、平均在職期間は5~6年ほどで、なかには過労死する町奉行もいました。

■萩原重秀
幕府財政の立て直しのため元禄8年(1695)から貨幣改鋳を行います。新しい元禄小判は純金の含有量を85%から57%に減らし、代わりに銀の含有量を増やしています。改鋳にあたっては世間の金銀を増やす、マネーサプライの拡大とアナウンスをし、改鋳で損をしたのは庶民ではなく富裕層でした。慶長小判を元禄小判に交換する時に目減りし、富裕層に対するステルス増税となります。富裕層は小判をためるのではなく投資するようになり「貯蓄から投資」へ経済活性化効果もあがります。ところが経済をゆく分かっていない新井白石が批判をしたことから萩原重秀のイメージダウンになります。

■吉原
元吉原、新吉原をあわせて27回も火事にあっています。明暦の大火では全焼したため新吉原に移転します。

■小栗上野介
上司に忖度せず抜本的な改革を進言し、却下されると職を辞しますが、他の人材にはつとまらず上層部からすぐ呼び戻され、「小栗さんのお役替え70回」といわれています。

幕末、金貨の国外流出が問題となしますが内外の金銀比価に大きな差はなく、問題は一分銀とドルとの交換レートにありました。一分銀は紙幣のような名目貨幣ですが領事のハリスが計量通貨だと言いだし、1ドルを一分銀3枚と交換せよと日米修功通商条約で決まってしまいます。どうもハリスは京での開市を求めていたようで、そんなことをすれば尊王攘夷派が暴発するので要求をのんだようです。これで小判が流出してしまいインフレを起こしてしまいます。

万延元年に日米通貨交渉が行われれワシントンで小栗が顛末を説明し、新たに発行した安政二朱銀と1ドルを交換する交渉しますがアメリカは認めませんでした。小栗の主張は理解していましたが、認めるとアメリカが日本の国益を害したことになり賠償金の問題もでるため、無視したようです。もし案が通っていたらインフレは終息し、倒幕勢力を抑えられた可能性もあります。

■江戸―横浜間の鉄道
アメリカが収益を独占するという許可状を幕府にのませていました。驚いたのは新政府で大隈重信は王政復古の号令がでた後の日付なので幕府に許可を出す権利はないと無効にして建設することになります。ただ大隈重信が「一生の不覚」と悔やむのが狭軌を採用したことです。

■第一回国勢調査
明治38年(1905)、ふだん住んでいる場所ではなく十月一日午前0時にいた場所で調べたため、当日は旅行や外出を控える人が続出しました。統計の重要性を重視していたのが大隈重信で統計院を設立しています。福沢諭吉に協力を求め慶応技術から統計院に人材を送り込んでいました。

 

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2026/04/08

世界史と絡み合う日本史

 【書 名】世界史と絡み合う日本史
 【著 者】河合敦
 【発行所】青春出版社
 【発行日】2026/03/20
 【ISBN 】978-4-413-29896-4
 【価 格】1,160円

■渤海
毛皮が輸入され麻や生糸から作る繊維製品が輸出されました。大和朝廷にとって毛皮は貴族のオシャレ商品でした。807(大同2)年には使用禁止令も出されています。使節団以外は着岸地で待機していたので、自分たちが持ってきた毛皮を交換していました。

■日宋貿易
大量の銅銭を輸入し、通貨を独占したのが平家です。この銅銭は日本だけでなく高句麗、遼、金、東南アジアなどでも使われており不足したために宋では紙幣を発行することになります。

■種子島
火縄銃はヨーロッパで使われていた最新銃ではなく東南アジアで使われていた火縄銃だったようです。

■アンボイナ事件
1623年 インドネシア・アンボイナのオランダ商館にイギリス荘官の日本人傭兵が乗り込んで何かを調べていたので捕まえたところオランダ商館襲撃計画がばれました。これでイギリスはアジア市場から締め出されてしまい、オランダ同様にプロテスタント国だったイギリスは日本との貿易に参加できなくなります。

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2026/02/24

日本史の極意

 【書 名】日本史の極意
 【著 者】出口治明
 【発行所】SB新書
 【発行日】2026/02/15
 【ISBN 】978-4-8156-3810-8
 【価 格】1050円

■元寇
元から国書が何回か届きましたが北条氏は無視。1271年、高句麗から援軍要請「三別抄の牒状」が届きますが、こちらも無視します。1273年、高麗は元の属国になりました。

■英国との不平等条約の改正
1894年、陸奥宗光が関税自主権の一部と領事裁判権を撤廃しました。大英帝国と関係を結べば清に味方しなくなると考えがありました。これで日本は日清戦争に突入します。大英帝国としてはロシアと東アジアで代理戦争をしてくれる国を求めていました。

■日露戦争
小村寿太郎が帰国した時、政府からマスコミを通じて勝っていると言われていた民衆は賠償金がとれないと大騒ぎになります。仲介したルーズベルト大統領は有利な条約をあっせんしたのに逆恨みし、満州の利権はひとりじめするし、日本はとんでもない国だと、ここらあたりからアメリカとの関係がダメになります。

経線思考-最初は小さな誇張や歪曲で、繰り返すうちに現実との乖離がどんどん大きくなり、もはや後戻りできなくなってしまう状態

■すぐれたリーダー
現状を正確に把握します。解決すべき課題を特定し、その課題を解決するための具体的な道筋を複数の選択肢の中から選びます。実行過程においては数字、ファクト、ロジックを重視した意思決定を下します。部下には明確なビジョンと行動指針を示し、組織のパフォーマンスを最大化します。

■日本
持統天皇が遣唐使を派遣し、武則天には「日本」という国号を使用しています。

乙巳の変-642年、高句麗で強硬派の将軍である淵蓋蘇文がクーデターを起こし、唐への従属派だった国王などを殺害し、643年、高句麗と百済が麗済同盟を結びます。日本にとって衝撃な出来事で乙巳の変の背景になります。

■岩倉使節団
1871年から1年半まわります。海外でリアリズムを学び国論が統一されました。国力(GDP)の順位で各国をまわりアメリカ 7ケ月、大英帝国 4ケ月、フランス 2ケ月、ドイツ 1ケ月、ロシア 2週間

開国-アメリカは中国との交易を狙っていましたが大西洋横断ルートはイギリスよりも距離が遠くなるため太平洋横断ルートの開拓を目指していました。日本を中継地として利用したかったようです。ヨーロッパではクリミア戦争が起き、南アフリカでボーア戦争が起きたためヨーロッパ諸国は日本に手を出している暇がありませんでした。

■戦後
アメリカの戦後戦略は蒋介石とともにソ連を封じ込めることでした。ところが毛沢東におわれて蒋介石は台湾に移動します。アテがはずれたアメリカがソ連や中国に対抗する国を考えると日本しかありませんでした。

■宗門改
キリシタン対策で檀家制度で住民を寺にしばりつけ、毎年、キリシタンでないことを寺に報告させました。その代わり、住民の冠婚葬祭を寺が行うことになります。信者を増やす努力をしなくてもすみ、日本の寺は葬式仏教になってしまいます。

■鎖国の理由
軍事バランスの維持が動機という見方があり、海外と交易をして藩が儲けると幕府の軍事力と拮抗することになります。
日本の銀が魅力でしたが採掘量が減ったところで鎖国したので諸外国からの干渉はありませんでした。明は茶、絹、陶磁器といった世界で売れる商品があったので鎖国がうまくいかず、北虜南倭(北のモンゴル、南の倭寇)から脅かされます。

■荘園整理令
摂関政治が終わったあと、後三条天皇が荘園整理令を出します。1045年以前から存在する荘園でも券契(証拠文章)が存在しないものは停止します。藤原氏の荘園の1/3を公地にします。

■源平
源氏-北魏の政治家だった源賀に由来
平氏-平安京の平が由来

■労働生産性
総人口にしめる博士号保有者割合と正比例します。また25歳以上に大学生比率は1.7%で、先進国では20%を超えています。大学は本来、勉強したい時にいくところです。

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2026/02/11

平家物語と太平記 通説の虚像を暴く

 【書 名】平家物語と太平記 通説の虚像を暴く
 【著 者】呉座勇一
 【発行所】朝日親書
 【発行日】2026/01/30
 【ISBN 】978-4-02-295350-6
 【価 格】900円

■源義経
屋島出陣で梶原景時と逆櫓で対立したことはありえず、梶原景時は源範頼軍に参加していました。屋島出陣も周到に準備し1ケ月ほど渡辺津に滞在し、渡辺党など畿内水軍の組織化をすすめました。阿波の近藤親家と事前に連絡をとって勝浦に上陸して平家軍を攻めます。

屋島で勝利したことから熊野水軍が義経に味方することになります。平家最後の拠点である彦島に向かいますが、頼朝の指示を仰いでいると使者の往復で1ケ月以上かかるので独断で水軍を動かし壇ノ浦合戦となります。ところが三種の神器の剣が奪われ安徳天皇が入水することになります。頼朝は長期戦で平家の降伏を考えていたようですが、後の対立の伏線となります。また陸上を攻めていた源範頼軍は恩賞をえるチャンスがなくなることになり、義経に対する恨みとなります。また腰越状などは創作だったようです。

■陣城
向城という言葉が太平記に登場し南北朝時代に付城を利用した城攻めが行われていました。

■太平記
もともとは後醍醐天皇の鎮魂の意味をこめた後醍醐天皇一代記だったのが足利直義のもとで改定され後醍醐天皇や建武の新政を批判する記述が登場します。直義が失脚すると足利方の大名たちが戦功(高名)を追加するように要求され、どんどん複雑化していったようです。

→ 平家物語と太平記 通説の虚像を暴く

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