2026/05/20

大阪人はなぜ太閤さんが好きなのか

 【書 名】大阪人はなぜ太閤さんが好きなのか
 【著 者】竹中明洋
 【発行所】講談社アルファ新書
 【発行日】2026/05/07
 【ISBN 】978-4-06-543939-5
 【価 格】1,100円

■関一
「これやこの 都市計画の権威者は 知るも知らぬも 大阪の関」 City Planningに都市計画という訳語をあてたともいわれています。

■大阪城
天守閣の再建で石垣に負荷を与えないように天守台の中央部を7m以上掘り下げて、コンクリートの基礎をうち構造物を建てることによって石垣には構造物の重量がかからないようになっています。

■文なしの会
一文なしからひとかどの経営者になったばかりの若手経営者の会。松下幸之助などが所属、入会金は当時1万円(3000万ほど)と高かったけれども万一の時の資金になっていて大阪の大和屋で会合を開き、商売について恥も外聞もなく語り合っていました。

松下幸之助の奉公先(自転車屋)が鳥井信治郎の店から200メートルと近く、自転車修理して納めに行くと鳥井が「がんばれよ」と頭をなでてもらったそうです。

■堺 南宗寺
家康の墓があることで有名ですが建てたのは水戸徳川家家老の末裔である三木啓次郎という人物。剣術家だった三木は独立したばかり不良に囲まれていた松下幸之助を助けたことがあり、ちょうど二股ソケットの販売資金に困っていたところ弥刀の田んぼを抵当にしてお金を貸してくれました。恩義に感じTBSのナショナル劇場で水戸黄門シリーズがはじまります。雷門の再建も三木の進言のようです。

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2026/05/14

大阪史跡さんぽ

 【書 名】大阪史跡さんぽ
 【著 者】歯黒猛夫
 【発行所】KAWADE夢文庫
 【発行日】2026/04/20
 【ISBN 】978-4-309-48614-7
 【価 格】820円

■四天王寺 庚申堂
701年正月七日の庚申の日、四天王寺の僧が疫病に悩む人のために祈ったところ帝釈天の使いとして青面金剛童子が出現し、庚申尊として祀ったのが始まり。全国の庚申信仰の最初のお堂になります。

■八十島祭
圓神祠(つぶらしんし)は靭公園の楠水神社付近と考えられています。1594(文禄3)年に圓神祠が船場に移転し御霊神社になります。津和野藩の租である亀井氏の邸宅が寄進されましたが敷地内に鎌倉権五郎景政(五郎ノ宮)を祀っており、合祀されたことから「船場の御霊さん」と呼ばれるようになり御霊神社になります。

■一宮 複数ある国
摂津-坐摩神社、住吉大社
山城-上賀茂神社、下鴨神社
紀伊-日前宮、伊太祁曽神社、丹生都比売神

■大将軍社(大阪天満宮)
菅原道真は大宰府へ向かう途中に大将軍社をお参りします。道真が死んでから50年ほどたった949年に大将軍社の前に一夜にして7本の松が生えて夜ごとに梢を光らせました。これを聞いた村上天皇が社を建立し、大阪天満宮になります。大将軍社は摂社になっていますが、神事の租(借地料)が納められるのは大将軍社で大阪天満宮の地主が大将軍社になっています。

■大坂本願寺
楼の岸砦-坐摩神社行宮あたり
木津砦-西成区出城あたり
天王寺砦-月江寺あたり

■鼬川(いたちがわ)
1500年前に掘られた運河で四天王寺の資材運搬に使われました。古代の丸木船が発見されています。

■難波入堀川
難波駅の高速道路が川跡でなんばパークスとなんばCITYに江戸時代、難波御蔵という災害救援用の米を備蓄する米がありましたが、そこへの物資搬送のための運河が難波入堀川でした。

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2025/07/25

大坂の歴史

 【書 名】大坂の歴史 難波宮・荘園・天下の台所
 【著 者】五味文彦
 【発行所】吉川弘文館
 【発行日】2025/06/10
 【ISBN 】978-4-642-08481-9
 【価 格】2,300円

■大化の改新
自由に作られていたお墓を身分制にして天皇陵を造る日数を7日以内にしたことから古墳時代が終わります。

■水走氏
義経から安堵をうけて御家人になります。

■根来VS秀吉
積善寺城 田原右京以下根来衆9500
千石堀城 大谷左大仁、三番烏坊以下数千
沢城   根来宝蔵院・田中加足以下6000
畠中城  日根野の百姓3500
高井城  行左京以下200

■人口
元禄8(1695)年 堺 63,706人
正徳元年(1711)年 尼崎 16,391人
大坂の人口は37~38万人 武士は8千人ほど

■書店数
江戸 明暦年間 10軒 → 万治・寛文 26軒 → 延宝 58軒 → 元禄 80軒
大坂 寛文 10軒 → 天和 26軒 → 元禄 62軒

■貸本屋 文化5(1808)年
江戸 656  大坂 300

→ 大坂の歴史

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2025/07/02

大阪のなぞ 歴史がつくってきた街のかたち

 【書 名】大阪のなぞ 歴史がつくってきた街のかたち
 【著 者】橋爪紳也
 【発行所】河出新書
 【発行日】2025/06/30
 【ISBN 】978-4-309-63191-2
 【価 格】900円

■大阪城
明治時代に和歌山城から紀州御殿が移築されていましたが戦災で焼失してしまいます。

■ナビオ阪急
現在のHEP NAVIOは船の帆先に見立ててデザイン。ナビオはポルトガル語の「大きな船」という意味があります。

■京阪大和田線
未成線ー大和田駅から荒本駅までを結ぶ計画

■箕面有馬電気軌道
箕面駅では大きく円弧を描いてUターンしていました。ですので降車用と乗車用停車場が別の位置にありました。線路に囲まれた鳥にはテニス場や競争路がありました。

■百均
大阪の高島屋が「なんでも十銭均一売場」を設け、これが元祖となりました。

■理髪店
戦後、電力不足問題から地域ごとに総量規制などが行われます。特に電髪(パーマ)は電気を使うので月曜定休にし、業界をあげて電気を節約した名残で今も月曜定休になっています。

理髪業の先祖は藤原采女亮という人物で13世紀、下関で髪結所を開きます。床に床の間があり、掛け軸が飾られていたことから「床屋」と呼ばれるようになります。

■盾津飛行場
鴻池新田駅近くにあり木製爆撃機「明星」の試作飛行などが行われます。跡地は盾津中学校などになっています。

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2025/05/20

大阪ことばの謎

 【書 名】大阪ことばの謎
 【著 者】金水敏
 【発行所】SB新書
 【発行日】2025/05/05
 【ISBN 】978-4-8156-2471-2
 【価 格】950円

■「ん」
スマホ見つからんねんけど知らん?
関西弁では「ん」が多用される

■関西弁
都が京都などにあったので本来は中央語で「知らん」の「ん」は平安時代にさかのぼる「ぬ」からきています。「よう言わんわ」の「よう」のような形容詞も古語ですが、おはようございます。のように上方由来の礼儀作法が江戸にも伝わり、標準語として使われています。

大阪は型くずし文化、京都は型まもり文化、江戸は型つくり文化

■どんくさい
ラブアタックの番組を作っていたプロデューサーが全国放送になったとこおで関西弁の単語を流行らせたいと考え、「どんくさい」を流行らせました。「千と千尋の神隠し」でリンが千に向かって「どんくさい」という言葉を使っており、目論見どおり全国区になりました。

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2025/04/13

大阪歴史トラベル

 【書 名】大阪歴史トラベル
 【著 者】JTB西日本支社
 【発行所】JTBパブリッシング
 【発行日】2019/04/01
 【ISBN 】978-4-533-13272-8
 【価 格】1,200円

■蜆橋
芹沢鴨と大坂の歴史が喧嘩になった場所が蜆川にかかっていた蜆橋でした。新選組隊士たちの宴会場・住吉楼前で大乱闘になります。

■大坂遷都
天正11(1583)年、秀吉は大阪への遷都を構想していたが朝廷は拒絶します。

■天保山砲台
安政元年(1854)にロシアの軍艦・ディアナ号が大坂港に来航したため天保山に砲台を築きます。この時に山を削り、また地盤沈下で4.5mほどになります。砲台は星形の形をしていました。

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2025/04/05

大阪市のトリセツ

 【書 名】大阪市のトリセツ
 【著 者】昭文社編集部
 【発行所】昭文社
 【発行日】2025/04/01
 【ISBN 】978-4-398-14856-8
 【価 格】1,760円

■堀江
物部守屋が仏像を捨てた「難波の堀江」に由来。阿弥陀池だともいわれていますが天満橋の大川という説もあります。

■木津川飛行場
港区港町にあり水上から離着陸する水上専用機の飛行場。1938年には発着回数が8800回、年間旅行客は1万人を超えていました。船で川を渡るなど利便性の問題があるため1939年に伊丹空港が開設されて移管されます。

■秀吉の都市開発
平野郷から天王寺区上汐に強制移住させ、上町台地の西側の湿地帯を埋め立て慶長地震で堺が壊滅したため新しい港湾都市を目指した説もあります。

■此花区
古今和歌集 難波津に咲くやこの花 冬ごもり 今は春べと 咲くやこの花 から命名

■城東区
関目-見張所があったことに由来
放出-河内湖から淀川へ放出する「はなちで」が転じた説があります

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2025/01/18

大阪 超マニアック案内

 【書 名】大阪 超マニアック案内
 【著 者】歯黒猛夫
 【発行所】KAWADE夢文庫
 【発行日】2024/09/30
 【ISBN 】978-4-309-48607-9
 【価 格】720円

■大乗坊
日本橋のオタロードにあるお寺。もともとは四天王寺の北東あたりにありましたが信長と本願寺との戦で焼け落ち、移転してきました。

■光蓮寺
大聖勝軍寺を南に行った八尾空港近くにあるのが光蓮寺で、ここに物部守屋が築いた稲城がありました。

■平野
坂上田村麻呂の次男、広野麻呂の荘園があり広野が転じて平野になりました。杭全神社は862(貞観4)念に広野麻呂の子供である当道(まさみち)がスサノオを祀る祇園社を創建したのがはじめです。

■宮武外骨
東京で活躍していましたが大阪に移り土佐堀2交差点近くに住んでいたそうです。

■三十国船
大坂と伏見を結び最盛期には上り下りで1日320便、約9000人が往来しました。

■高野街道
河内長野で合流し高野山へ向かいました。東高野街道(八幡が起点)、西高野街道(堺の大小路橋)、中高野街道(平野)、下高野街道(天王寺)で下高野街道と中高野街道は大阪狭山市で一本になり、河内長野で西高野街道と合流してから東高野街道に合流します。

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2024/12/28

大阪の街道を歩く

 【書 名】大阪の街道を歩く
 【著 者】小西進
 【発行所】日本機関紙出版センター
 【発行日】2024/09/20
 【ISBN 】978-4-88900-291-1
 【価 格】2000円

西国街道、京街道、熊野街道、暗越奈良街道、東高野街道、西高野街道、竹内街道、大和田街道(大阪ー尼崎)、古堤街道(京橋ー生駒)、俊徳街道、庚申街道が紹介されています。

■信長街道
信達宿(熊野街道)本陣跡から分かれているのが信長街道。信長が雑賀衆を攻めるために整備した街道。

■暗越奈良街道
八剱神社などで街道が曲がっているのは旧大和川分流の自然堤防を街道が通っていた名残です。

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2024/07/23

越境する民 近代大阪の朝鮮人史

 【書 名】越境する民 近代大阪の朝鮮人史
 【著 者】杉原達
 【発行所】岩波書店
 【発行日】2023/03/15
 【ISBN  】978-4-00-600463-7
 【価 格】1520円
 
■大阪・東成区
済州島では四・三事件もあり、縁故をたどって大阪へ渡る住民が多く、猪飼野や鶴橋、今里など東成区に集まりました。背景として同じ島民が経営する下宿屋があり、安い労働力を求めるゴム工場がたくさんありました。
 
■君が代丸
済州島から乗ってきたのが「君が代丸」。元はロシアの砲艦マジュール号でロシア皇太子ニコライが日本を訪れた時にも随行していました。元戦艦なので船首が前方にせり出していました。運行していたのは尼崎汽船で尼崎は人の名前です。大阪から済州島へ向かう時は棺桶も乗せていました。日本は火葬ですが、済州島では土葬でした。

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