2017/07/09

司馬遼太郎で学ぶ日本史

 【書 名】司馬遼太郎で学ぶ日本史
 【著 者】磯田道史
 【発行所】NHK出版新書
 【発行日】2017/05/10
 【ISBN 】978-4-14-088517-8
 【価 格】780円

徴兵され満州で戦車兵として過ごし、理不尽な軍隊生活を経験した司馬遼太郎にとって、日本はどこで間違ったかが大いなるテーマでした。幕末を舞台にした「花神」では大村益次郎(村田蔵六)が主人公で、時代は火縄銃からライフル銃、アームストロング砲にとって変わられる時代です。村田蔵六は合理主義で暑ければ浴衣に百姓笠で長州防衛戦いの指揮をとります。司令官がこれですから、軍服をきちっと着ないと殴られる日本陸軍とは雲泥の差。

明治維新を迎え、「坂の上の雲」で描かれたように、ロシアに攻め込まれる恐怖のなか日露戦争を戦い抜き植民地化を逃れました。おかしくなりはじめたのは、この頃からでナショナリズムの暴走が始まります。これが愛国心だったらよかったのですが、ナショナリズムというのは「自分の家がかわいい」が肥大化し「自分の国がかわいい」であり、愛国心(パトリオティズム)になると「自分はたまたま名家に生まれついたのだから、一層きっちりして周りから尊敬される家にしよう」を国レベルで考えることになります。ノブレス・オブリージュという言葉があり、貴族やエリートは受けたものが大きければ大きいほど、社会に還元する義務が大きいという考え方にもちかいです。

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2017/05/13

千駄木の漱石

 【書 名】千駄木の漱石
 【著 者】森まゆみ
 【発行所】ちくま文庫
 【発行日】2016/06/10
 【ISBN 】978-4-480-43358-9
 【価 格】800円

東京市本郷区千駄木町57番地に1903(明治36)年に夏目漱石が引越してきます。同じ家に一時期、森鴎外も住んでいました。現在、明治村に移築されて公開されています。この家でこ漱石は「吾輩は猫である」を発表し、文壇にその名を高めます。作品の中に猫のためのくぐり戸など家の様子が描写されています。

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2016/05/25

幕末維新の不都合な真実

 【書 名】幕末維新の不都合な真実
 【著 者】安藤 優一郎
 【発行所】PHP文庫
 【発行日】2016/04/15
 【ISBN 】978-4-569-76542-6
 【価 格】740円

幕末の動乱、勝てば官軍ではありませんが勝者が歴史を作りますので、どうしようもない幕府を官軍が追い詰めたイメージがありますが、実は綱渡りだったことが分かる一冊です。

新政府を目指す側は徳川慶喜を排除しようと画策しますが、徳川慶喜の方が上手で大政奉還を行います。朝廷側に統治能力がないことをにらんでの戦略で、うまくいきそうになりますが鳥羽伏見の戦いで楽観的に臨んだために計算が狂います。

西郷隆盛率いる官軍に対し、勝海舟が談判し江戸城無血開城となりますが、そんな安直な話ではなく西郷隆盛も追い込まれていてギリギリの交渉がずっと続いていました。やり方によっては徳川が違う形で残る可能性も高かったのですが彰義隊の戦い、特に佐賀藩のアームストロング砲の威力によって潰えてしまいました。

徳川政権が幕末にどうがんばったのか隠れた歴史にスポットをあてています。しかし内戦による海外からの干渉を避けるために徹底恭順をした徳川慶喜、貧乏くじをひいたことを知りながら誠実に交渉した勝海舟はすごい人物ということがよく分かります。

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2016/05/06

幕末歴史散歩 京阪神篇

 【書 名】幕末歴史散歩 京阪神篇
 【著 者】一坂 太郎
 【発行所】中公新書
 【発行日】2005/08/25
 【ISBN 】4-12-101811-7
 【価 格】980円

京阪神を中心とした幕末の歴史ですが、けっこう埋もれた歴史を発掘しています。

■南御堂の門前で長州藩の下級武士2名が切腹
外国人と密貿易していた薩摩藩御用商人が殺されましたが、誰が犯人か分かりません。そこで久坂玄瑞が因果を含めて御用商人の生首の前で何の関係がない下級武士2名に切腹させたのが真相のようです。これで長州人気が沸騰。密貿易が暴露された薩摩藩は苦しい立場に追いやられます。まさに謀略ですが、赤報隊の話も含め、こんなことがけっこう起きていました。

■勤皇と佐幕
幕末の志士といえば勤皇、新撰組といえば佐幕という色分けがされていますが、どちらも尊王攘夷を目指していました。幕府を倒して目指すか、幕府が目指すかの違いしかありません。明治になってから長州出身の元勲・田中光顕は新撰組に資料を見て、同じような考えを持ちお互いに戦っていたことに驚いたそうです。

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2016/02/12

日本奥地紀行

 【書 名】日本奥地紀行
 【著 者】イザベラ・バード
 【発行所】平凡社
 【発行日】2000/02/15
 【ISBN 】978-4-582-76329-4
 【価 格】1500円

明治初旬、西南戦争が起きている時代にやってきた一人の助成。そして横浜から北海道まで旅行に挑みます。村々では外国人を見るのは初めてなので、どこでも集団に囲まれることになります。増水した川を渡るなど困難な旅が続きますが、盗難にあうこともなく旅を続けています。その面ではとっても安全でした。北海道ではアイヌの村々に泊り、アイヌの生活についても紹介しています。アイヌが祀っている神社へ案内されますが、祭っているのは義経。アイヌの人々にやさしかったというのが祭る理由のようです。義経は平泉で死なず、ジンギスカンになったという説がありますが、本当に北海道へ来ていたんでしょうか。

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2015/01/16

武士の絵日記

 【書 名】武士の絵日記
 【著 者】大岡 敏昭
 【発行所】角川ソフィア文庫
 【発行日】2014/11/25
 【ISBN 】978-4-04-409217-7
 【価 格】920円

「のぼうの城」で有名な忍城。幕末は松平氏の所領で、忍藩の下級武士に尾崎石城という人物がいました。この人が残した日記なんですが提灯や屏風の絵を頼まれるぐらい絵がうまいために残したのが絵日記。よく分かっていない武士の生活などがわかる資料になっています。

石城は下級武士なんですが町人や上級武士、またお寺などにもよく行って和気藹々とやっています。藩に意見をして降格され、妹夫婦のところへ居候している人物です。またよく飲んでいてエンゲル係数が高いのですが宵越しの金はもたない生活。下級武士の仕事は週に1回登城して番を勤めるぐらいで、金はないけど、なんともうらやましいですね。女性が夜中にひとりで帰っても大丈夫なようで治安もよかったようです。

幕末なんですが、あんまり悲壮感のようなものはなく、皇女和宮が江戸へ向かう時に近くに通ることになったため、居候していた妹夫婦の義弟が警護に出かけたぐらいです。明治維新後、石城は藩校の教頭に任ぜられました。日記でもよく本を読んでいたので、ようやくその才能が認められたようです。

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2014/11/18

司馬遼太郎が描かなかった幕末

 【書 名】司馬遼太郎が描かなかった幕末
 【著 者】一坂 太郎
 【発行所】集英社新書
 【発行日】2013/09/13
 【ISBN 】978-4087207057
 【価 格】821円

司馬遼太郎が「竜馬がゆく」で描いた坂本龍馬、「世に棲む日日」の高杉晋作は、あくまでも小説で、創作部分や描かなかった部分も多く、実際はどうだっかを述べています。司馬遼太郎は躍動感をもって小説を書いたので、小説に描かれた坂本龍馬や高杉晋作を実像だと誤解している読者も多いことが背景にあります。

高杉晋作を助けた政商として白石正一郎の名前がよく上がりますが、実際はそれほどでもなく入江和作が幕末の志士たちを援助し、高杉晋作の住居の世話や「おうの」の面倒もみていましたが小説には出てきません。

高杉晋作の辞世の句といえば「おもしろき こともなく世に おもしろく すみなすものは 心なりけり」が出てきますが、これも司馬遼太郎の影響です。実際は死の前年にいくつかよまれた句の一つでした。ただ、この句を辞世の句とした司馬遼太郎はすごいとも本に出ています。吉田松陰は現在でいえばテロリストのような存在だった、高杉晋作が行った英国公使館焼き討ちは反対に幕府を助けることになったなど、とても面白い幕末史になっています。


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2014/11/03

幕末維新の城

 【書 名】幕末維新の城
 【著 者】一坂 太郎
 【発行所】中公新書
 【発行日】2014/05/25
 【ISBN 】978-4-12-102268-4
 【価 格】960円

武家の象徴であった城郭。幕末には浜田城、小倉城、姫路城、会津若松城などが戦場となり、そして明治維新を迎え城郭がどうなったのか全国40の城郭の運命を描いています。

■函館以外にも五稜郭があった
五稜郭といえば函館が有名ですが信州にもありました。奥殿藩の龍岡城。殿様が勉強好きで西洋城郭も研究しており、幕末の動乱期に造りましたが完成の半年後には王政復古となりました。やがて維新となり徳川家は駿河に移りますが、掛川藩は追い出されて千葉県に移ります。ここで松尾藩となり四稜郭を設計しますが土地の関係からいびつな三稜郭となってしまいます。ところが、まだ完成していない間に廃藩置県になってしまいます。これが最後の築城になってしまいました。

■松江城を残す
城は維持が大変なので全国的に天守などが入札で払い下げられることになるなか、松江城では豪農勝部本右衛門栄忠という人物が天守を残す活動をして、現在まで天守が残りました。


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2014/03/09

本当は誤解だらけの「日本近現代史」

 【書 名】本当は誤解だらけの「日本近現代史」
 【著 者】八幡 和郎
 【発行所】ソフトバンク新書
 【発行日】2013/01/18
 【ISBN 】978-4797371192
 【価 格】798円

日本近現代史で常識のようななっている風説が実際はどうだったか展開されています。例えば西南戦争のキーパーソンは西郷や大久保よりも島津久光。

廃藩置県が西郷や大久保の協力で断行されるが島津久光は怒って、花火をあげたりして困らせていましたが、さらに洋風化を否定する14カ条の建白書を出し、西郷や大久保の罷免を求めたが、この建白書は無視されます。上京の要請があっても建白書の回答もないのになんで行けるんだと困らせます。三条は勝海舟を特使として派遣し、なんとか島津久光を上京させます。島津久光の主張は保守的でしたが筋が通ったもので、西郷、大久保、島津久光の3者を斡旋する人物がいれば、だいぶ日本史も変わったかもしれません。


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2013/02/22

「朝敵」から見た戊辰戦争

 【書 名】「朝敵」から見た戊辰戦争
 【著 者】水谷 憲二
 【発行所】洋泉社 歴史新書
 【発行日】2012/12/21
 【ISBN 】978-4-8003-0055-3
 【価 格】890円

幕末、京都で幕府側として活躍したのが桑名藩と会津藩。一会桑と呼ばれていました。一橋慶喜、松平容保(京都守護職・会津藩主)、一橋慶喜、松平容保(京都所司代・桑名藩主)の三者により構成された体制で会津藩主と桑名藩主は兄弟でした。

ところが薩長との対立で朝敵になってしまいます。鳥羽伏見の戦いで敗れた一橋慶喜、松平容保、一橋慶喜、松平容保は江戸へ。大変だったのは殿様がいなくなった桑名藩。新政府軍が迫る中、城を枕に討死になど色々な意見が出ますが、最終的には恭順になります。殿様につき従っていた主戦派の連中は、最終的に新撰組などに加盟して函館まで戦い続けます。

桑名藩は恭順から、最終的に新政府軍から許されるのですが、そこまでにあった色々な出来事が描かれています。ほとんど同じ立場だった会津藩がなぜ無血開城ではなく徹底抗戦になってしまった顛末についても書かれています。いろいろと事情があったんですね。

鳥羽伏見の戦いで、幕府側だった津の藤堂藩が淀の砲台を守っていましたが錦の御旗がひるがえったため、新政府軍に寝返ります。無血開城した桑名に進駐してきたのが尾張藩と津藩。これがために同じ三重県内ですが桑名と津の仲が悪かった時代がずっとありました。


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