2009/09/09

幕末バトル・ロワイヤル

 【書 名】幕末バトル・ロワイヤル
 【著 者】野口 武彦
 【発行所】新潮新書
 【発行日】2007/3/20
 【ISBN 】978-4-10-610206-6
 【価 格】720円

大阪の阿倍野にある「天海堂書店」で買ってきました。ここのブックカバーって「ますむらひろし」風のネコのイラストでした。

幕末の天保の改革を中心に古文書などを駆使して当時の状況を描いた作品です。歴史で学んだ事実が、実際はどんな風だったのか生き生きと描き出しています。例えば黒船来航で影響をこうむったのが品川と神奈川県の金沢などを結んだ船の事業者。黒船のおかげで商売あがったりです。

そこで考えたのが黒船見学ツアー。群衆が見学に来ていたので、黒船の近くまで漕ぎ寄せるツアーは大当たり。町奉行からは辞めなさいという触書が出ますが、国家の危機も商売にしてしまう庶民のたのもしさがありました。

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2009/06/29

幕臣たちの誤算

 【書 名】幕臣たちの誤算
 【著 者】星 亮一
 【発行所】青春出版社
 【発行日】2003/5/15
 【ISBN 】4-413-04059-7
 【価 格】700円

人材が揃っていた幕府は、ひょっとしたら幕府&雄藩連合の新体制で明治時代を迎えたかもしれません。なぜ、そうならなかったのかを述べています。副題は「彼らはなぜ維新を実現できなかった」になっています。

最後は函館戦争で終わりますが、榎本武揚の助命嘆願を熱心に行ったのが福沢諭吉でした。榎本とはすれ違う時にお辞儀をするぐらいの間柄でしたが、実は妻どうしが縁戚だったんですね。福沢諭吉の妻は若い時に榎本の家に行ったことがあるそうで、それを聞いて福沢諭吉が動きました。

母親に助命の嘆願書の文章を考え、書かせました。効果があったようで面会できました。薩摩の黒田清隆が「海律全書」を訳してほしいと福沢に持ち込んだ時に最初の4,5枚だけ訳して、「これは榎本でないと訳せない」と返答し、黒田清隆が榎本の助命運動をするように仕向けました。

もっとも出牢した後、大臣を歴任した榎本に対して福沢諭吉は「痩せ我慢の説」を出して批判していますから面白いものです。

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2009/06/10

女たちの幕末京都

 【書 名】女たちの幕末京都
 【著 者】辻 ミチ子
 【発行所】中公新書
 【発行日】2003/4/15
 【ISBN 】4-12-101693-9
 【価 格】760円

幕末に活躍した女性史です。

安政の大獄で牢につながれた梅田雲浜ですが、妻の千代など家族4名は町内預けになってしまいました。門弟だった北村屋太助が4人の飯代を引き受け、ついでに梅田家の借金も支払おうとしましたが、貸し手はみな棒引きにしてくれました。この千代ですが、京都にできた女子教育施設・女紅場の権舎長に就任していたんですね。

鳥羽・伏見の戦いや大政奉還など歴史で習いますが、庶民もしっかり巻き込まれていました。江戸から将軍と一緒に大勢の武士がついてきますが、宿場だけでは当然足りませんので、村に宿泊の割り当てがあり右往左往。しかも戦乱で焼け出されるなど大変でした。

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2009/02/14

幕末下級武士のリストラ戦記

 【書 名】幕末下級武士のリストラ戦記
 【著 書】安藤 優一郎
 【発行所】文春新書
 【発行日】2009/1/20
 【ISBN 】978-4-16-660679-5
 【価 格】730円

徳川幕府の御徒組の家に生まれ、幕末の動乱から明治を生き抜いた山本政恒の一代記です。すさまじく筆まめだった人ですね。明治というとんでもないパラダイム変化の時代を迎えた武士がいかに生き抜いたかが敗者側から書かれています。イラストも全部本人が書いています。

働いていた徳川幕府がなくなり、官吏として出仕していた先から雇い止めにあったりと散々ですが、子供や家族のためにひたむきに頑張っていますね。こんな金融不況の時代にふさわしい一冊です。

徳川幕府がなくなった時に徳川家についていって静岡藩士になっていますが、篤姫の警護も担当していました。

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2008/11/11

東京今昔散歩

 【書 名】東京今昔散歩
 【著 者】原島広至
 【発行所】中経文庫
 【発行日】2008/9/3
 【ISBN 】978-4-8061-3124-3
 【価 格】657円

明治時代の彩色絵葉書と現代の写真を同一視点から紹介しています。すっかり変わってしまった場所が多いのですが、中にはほとんどそのままの場所もあります。

■アキバの由来
明治2年に神田で火事があり、防火祈願として作られた鎮火社が火除けの秋葉大権現の神社と勘違いされたことから、本当に秋葉神社になったそうです。また火除けの空地を秋葉っ原と呼んだのがアキバの地名の由来だったそうです。

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2008/05/20

幕臣たちの明治維新

 【書 名】幕臣たちの明治維新
 【著 者】安藤優一郎
 【発行所】講談社現代新書
 【発行日】2008/03/20
 【ISBN 】978-4-06-287931-6
 【価 格】700円

我々は明治維新の歴史が分かっているため、どう道を選んだら最適だったかが分かっていますが、実際にその現場にいた幕臣にとってはすさまじく難しい進路の選択でした。

徳川家を離れて新政府に出仕するか、農業や商売を始めるか、給与は出ないが殿様について静岡に行くか難しい選択です。新政府への出仕はいさぎよくとせず、実際に出仕した人も肩身の狭い思いだったようです。町人が徳川びいきでしたので新政府もなかなか難しい運営をせまられたようです。

薩長から見た歴史は習っていますが、敗者となった幕臣がどう明治維新を乗り切ったのかの歴史です。

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2008/02/13

高田屋嘉兵衛

 【書 名】高田屋嘉兵衛
 【著 書】童門冬二
 【発行所】成美文庫
 【発行日】1995/10/15
 【ISBN 】4-415-06428-0
 【価 格】560円

ロシアのゴローニン事件で有名な高田屋嘉兵衛です。物語の節目にスポットというコラム記事があるのですが、ゴローニン事件のその後について書かれていました。

ゴローニンが帰国後に書いた「日本幽囚記」ですが、1816年に刊行されすぐに英・仏・独・オランダなどで翻訳されました。日本へが1821年にオランダ語訳の翻訳が始まり1825年に「遭厄日本紀子事」となって出版されています。けっこう早かったんですね。ペリーは来航前に英訳版を読んでいたそうです。

高田屋は弟が2代目を継ぎましたが、松前藩や既得権益を奪われた商人の暗躍から財産没収、没落してしまうことになります。

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2007/09/10

武士の家計簿

 【書 名】武士の家計簿
 【著 者】磯田 道史
 【発行所】新潮新書
 【発行日】2003/4/10
 【ISBN 】4-10-610005-3
 【価 格】680円

神保町の古書店にかけつけ古文書を手に入れるところからスタートします。これが加賀藩士の猪山家文書でした。加賀藩の御算用者として幕末から明治にかけて克明な資料を残したことで、知られざる武士の生活が分かってきました。

武士がどんな生活をしたか、どんなお金の使い方をしたかほとんど分かっていませんでしたが、借金が多くて大変になった猪山家では一大

決心をして借金整理を始めます。今後は計画的に家計管理しようということで家計簿がつけられ文書が後世に残ることになりました。

猪山家の借金整理では家財を売り払い、不退転の決意を示し、借入先との交渉を行いました。現在の再建計画とやることは同じですね。

■蔵米知行
領地が与えられますが、実際は自分の領地に関係なく年貢が手元に入ってくるシステムになっています。つまり領民は領主の顔を見ることはありません。日本の領主制は領主と土地につながりが希薄な変わった領主制になっていました。

■妻の財産
今、考えている以上に妻の財産権があり、離婚してもさっさと再婚していました。32名の宇和島藩士のうち13人が離婚経験者でしかもバツ2は5人いました。

■猪山成之
幕末から維新にかけて活躍したのが猪山成之です。加賀藩の御算用者でしたが、戊辰戦争時にロジスティックスなどを見事にこなし、人材のいない明治政府に請われて出仕することになります。目をかけてくれたのが大村益次郎で、靖国神社に銅像が建っていますが、この建立に尽力したのが猪山成之でした。

他にも大久保利通が石川県士族・島田一良に暗殺されましたが、処刑された島田の遺骸を引き取りにいきました。なかなか胆力のある人です。、

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2007/08/25

妖怪といわれた男 鳥居耀蔵

 【書 名】妖怪といわれた男 鳥居耀蔵
 【著 者】童門 冬ニ
 【発行所】小学館文庫
 【発行日】2007/3/1
 【ISBN 】978-4-09-408155-8
 【価 格】590円

天保の改革を進めるため先頭にたって徹底的に弾圧したのが鳥居耀蔵です。「蛮社の獄」など有名です。甲斐守でもあったため名前との組み合わせで妖怪と呼ばれていました。

南町奉行をしていた時の北町奉行は遠山の金さん(遠山景元)でこちらは庶民の受けもよく、鳥居耀蔵はすっかり悪役のイメージとして定着してしまいました。

失脚した後は讃岐の丸亀藩に預けられていたんですね。しかも23年も。解放されたのは版籍奉還となった明治2年です。ところが徳川幕府が配流したのだから、徳川幕府からの赦免状が出ない限りは出て行かないと丸亀藩を困られたりしています。

配流された丸亀藩の生活から、どんな考えで天保の改革を進めたのかを語った小説です。

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2007/05/28

松浦武四郎と江戸の百名山

 【書 名】松浦武四郎と江戸の百名山
 【著 者】中村 博男
 【発行所】平凡社新書
 【発行日】2006/10/10
 【ISBN 】4-582-85344-7
 【価 格】700円



北海道の名付け親で有名な松浦武四郎です。松坂出身で今も生家が残っています。蝦夷探検が有名ですが、山好きで日本のいろいろな山に登っていたんですね。これは知りませんでした。70近くなっても大台ケ原や富士山に登っていました。

16歳の時に初めて江戸まで旅をし、次の年に2度目の旅に出ましたが、これが諸国を巡るたびで10年も旅に出ることに、実に長いですね。まずは京都、大阪へむかいますが津で会った大塩平八郎を大阪で訪ねています。平八郎の塾に誘われますが、辞退して旅に出ます。この3年後に大塩平八郎の乱が起きます。

旅の間の資金ですが、篆刻で礼金をもらったり四書や漢詩を講じたり、また伊勢の国の人間ですので遠方まで行くと、大神宮の紙を書いて欲しいと頼まれたりしたようで、これで路銀を稼ぎました。

さて蝦夷探検で有名になった松浦武四郎ですがペリー提督が浦賀に来航した時、吉田松陰が松浦武四郎を北辺の国防について意見を聞くために訪ねています。

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