2026/07/16

幕臣・小栗忠順の真実

 【書 名】幕臣・小栗忠順の真実
 【著 者】安藤優一郎
 【発行所】PHP文庫
 【発行日】2026/07/15
 【ISBN 】978-4-569-90585-3
 【価 格】860円

■遣米使節団 1860年(安政7年)
天文台に強い関心があったようで、アメリカの船舶は測量機械、電信機、クロスメーターなどが100台ほどあり出航時に天文台から借りて、帰った時に返すことになっていました。

■家茂
上洛した家茂がなかなか帰ってこないため小笠原長行が朝廷に生麦事件の報告をするのにあわせて海路、軍艦や陸軍を派遣して連れ戻す計画でした。別に東海道をすすむ別動隊も組織され駿府まで進みましたが小笠原が京都入りを断念したため引き返しました。幕府では承久の乱について語られていたそうです。

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2026/03/30

世界史の中の明治維新

 【書 名】世界史の中の明治維新
 【著 者】加藤聖文
 【発行所】SB新書
 【発行日】2026/03/15
 【ISBN 】978-4-8156-3687-6
 【価 格】1,050円

■日露和親条約
アメリカとの交渉で下田と函館を開港していたので、長崎を加えました。また日露間の国境を定め択捉島以南は日本になりました。また樺太はどちらの国の領土でもない形で決着します。また双務的領事裁判権を認めロシアは融和的でした。ロシア側の代表であるプーチャーチンが載ってきた船が下田で停泊中に台風で逮捕した時も、日本側が修繕していました。

■アロー戦争
太平天国の乱で混乱していた清に対してイギリスがフランスを巻き込んで起こした戦争です。北京を英仏軍が占領してしまいました。幕府にとってアヘン戦争よりも衝撃でした。不平等条約を認める方針に影響を与えます。

■新論(会沢正志斎)
大日本史編纂に関わっていましたが「新論」を発表します。鎖国ではなく開国して国を富まさないといけない。また身分制社会は限界のため人材採用をすすめるように論じています。吉田松陰など幕末の志士にとって櫃億書でした。

■漢字の逆輸入
中国で西洋化が必要になった時、西洋諸国の言葉を中国語に翻訳するより日本語に翻訳された西洋の書物を翻訳した方が効率的となります。憲法、社会主義、共産主義などの用語は日本から逆輸入された漢字になります。

■3月10日
日露戦争の奉天会戦で勝利した陸軍記念日でした。太平洋戦争でアメリカ軍はあえてこの日に東京大空襲を行います。

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2026/02/07

プリンス・トクガワの欧州紀行

 【書 名】プリンス・トクガワの欧州紀行
 【著 者】宮永孝
 【発行所】山川出版社
 【発行日】2025/7/30
 【ISBN 】978-4-634-42421-0
 【価 格】1600円

徳川慶喜の弟である昭武が親善大使となりパリ万博へ。渋沢栄一も随行しています。慶応3年~慶応4年の1年半でした。明治9年にアメリカ万博のために渡米し、そのままヨーロッパにわたりフランスで再び留学生活をおくることになります。

■パリのトイレ
公衆トイレが少なく、渋沢栄一の手帳にフランス語の単語や日常の言い回しがメモしてありますが、「便所はどこか」「私は便所にいく」というフランス語が4通りも記載されています。なかには「私は王様も一人きりでいくところへいく」といった婉曲な表現もあります。

■パリ万博
慶応2年頃から幕府は海外渡航解禁をはじめ海外留学だけでなく商いの渡航も役所に届け出して渡海免状をえれば海外に出ることができました。パリ万博にもコマ回し一座や足芸、曲芸の一座などがやってきます。

→ プリンス・トクガワの欧州紀行

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2026/01/24

遊清五録

 【書 名】遊清五録
 【著 者】高杉晋作
 【発行所】講談社学術文庫
 【発行日】2025/12/9
 【ISBN 】978-4-06-542024-9
 【価 格】1000円

■上海へ
幕府が清朝との交易を目的に上海へ船(千歳丸)を派遣。清朝との国交がなかったため日本、清朝の双方と国交があるオランダが上海に領事館を置いていたので、日本の商品をオランダ扱いにして売ることを考えていました。幕府は幕松の数年間に4回、上海に使節を派遣しています。

■五代友厚
船に同乗していた水夫が薩摩藩の五代友厚で、薩摩も上海での交易を目指していました。

■海国図志
魏源が外国語の書物、新聞などを翻訳、集大成した世界地誌。海防全書でもありましたが中国では禁書扱いにしていました。

■横浜
家茂に対して朝廷は攘夷をせまり、戦場は横浜となる可能性が高く、家茂の警護として上京してきた浪士組が江戸にもどったのも、このためです。袂を分かったのが新選組です。

→ 遊清五録

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2024/09/08

青年・渋沢栄一の欧州体験

 【書 名】青年・渋沢栄一の欧州体験
 【著 者】泉三郎
 【発行所】祥伝社新書
 【発行日】2011/02/10
 【ISBN 】978-4-396-11230-1
 【価 格】860円

■ベルギー国王の売り込み
大君の使節として条約締結国をまわりましたがベルギー国王は鉄の重要性を説いて鉄の売り込みをはかってきました。渋沢栄一には大きなショックでした。

■祝砲
ドーバーの港に着いた時に21発の祝砲が響く中、町民の代表が歓迎文を読み上げます。西欧では町の入口で、入ってくる人に敬意を表し、町を自由に視察するための鍵を与える意味があります。

■家庭教師
民部公使(昭武)に対して慶喜がナポレオン3世に家庭教師を依頼したところヴィレット中佐が指名され、日常の世話はフォロリヘラルドが担当します。日本でいうと侍と町民という関係ですが上下の感覚がなく平等なことに渋沢栄一は驚きます。

■経済
フランスの国債と鉄道会社の社債を買うことを勧められ帰国で処分する時に社債で500円ほど儲かることになります。帰国後は欧州での会計報告書を提出し、財務の人材がいないため政府に迎え入れられることになります。

→ 青年・渋沢栄一の欧州体験

 

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2024/03/16

もう一つの幕末史

 【書 名】もう一つの幕末史
 【著 者】半藤一利
 【発行所】PHP文庫
 【発行日】2024/02/15
 【ISBN 】978-4-569-90381-1
 【価 格】800円

■伊藤博文
英国公使館焼討に参加していたのは高杉晋作、久坂玄瑞、伊藤博文、井上馨、品川弥次郎など。伊藤博文は盲目の国学者・塙保己一の息子だった塙次郎を暗殺しています。老中の安藤信正に頼まれて過去の外国人待遇の先例を調べていたのですが、これが攘夷志士に天皇退位の研究していると変な噂が広まってしまいます。帰宅するところを待ち構えて切ったようです。明治の元勲といってもテロ集団と変わらないのが実態です。

■鳥羽伏見の戦い
新政府側 60人、幕府側 279人の戦死者が出ましたが15,000人の軍勢ですので、いくらでも挽回できましたが錦の御旗が出たところで慶喜が戦意喪失してしまいます。

■江戸の無血開城
勝海舟が山岡鉄舟を派遣しますがお供につけたのが益満休之助です。幕府に薩摩藩邸を先制攻撃させようと動いていたリーダーです。薩摩藩の藩邸焼討の時に捕虜となり牢獄に入っていたのを勝海舟が自宅に引き取っていました。薩摩出身の益満がいたおかげで新政府軍でいっぱいの街道を西郷隆盛のもとまでたどりつけたようです。

勝海舟はパークスとも会っていて交渉がダメなら海上から江戸に入った新政府軍を火攻めにする話までします。西郷隆盛はパークスに呼び出されていますので、この話を聞いた可能性があります。パークスは慶喜のイギリス亡命についても勝海舟に提案していたようです。

■咸臨丸
福沢諭吉は勝海舟は船酔いでずっと船室にいたと書いていますが、どうも嘘で海軍伝習所で嵐の海をいくらでも経験していました。実際はサボタージュで幕府から難破した米国測量船の船員も船に乗せよと言われたのが気に入らなかったようです。後世、米国の船員のおかげで太平洋が渡れたと言われたのを危惧したからです。実際は日本人だけで成し遂げました。

→ もう一つの「幕末史」

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2024/02/13

新・幕末史

 【書 名】新・幕末史
 【著 者】NHKスペシャル取材班
 【発行所】幻冬舎新書
 【発行日】2024/01/30
 【ISBN 】978-4-344-98717-3
 【価 格】1100円

副題が「グローバル・ヒストリーで読み解く列強VS日本」で、幕末史に大きな影響を与えた外国勢力に焦点をあたえています。

■戦争を徹底的に避けるが武士政権のリアリズム
イギリスは兵庫開港を要求し認められなければ軍事行動を起こすと圧力。ところが孝明天皇は激怒します。間にたった慶喜は窮します。京都にいた諸藩の武士を集めて意見を集約し孝明天皇に戦争回避が総意と伝え勅許をえます。

■万延二分金
金銀の交換レートが海外と違っていたために金が海外へ流出します。そこで勘定奉行・小栗が作ったのが万延二分金。銀が71%を占める金貨でした。この改鋳による利益でフランスに依頼して造船所を作ることになります。対馬事件に対応するなど、鋭い幕臣でした。

■局外中立
戊辰戦争が始まると列強はどちらにも加担しない局外中立とします。これは居留地などの外国人を保護するための施策でした。ところが列強に連絡もせず江戸に進軍をはじめた新政府軍に対して外国人居留地を守る兵も出さずに何事だとパークスなどは怒り心頭。しかも恭順している慶喜を攻めるとはどういうことだと、新政府軍には横浜には居留地を守るために軍艦が集合します。東海道進軍中に列強の軍艦から攻撃されたら終わりです。勝海舟との会談以前に西郷隆盛は江戸無血開城の選択をしていたようです。

奥羽列藩同盟が発生すると新潟港をおさえます。局外中立といいながら民間人は対象外になります。プロイセンと関係があったシュネル兄弟が武器などを列藩同盟に売ります。少なくともライフル5000は売りさばいていました。供給元はアメリカで南北戦争が終わり、膨大な余剰兵器がありました。新潟港ではシュネルらが砲台などを取り付けて防衛していましたが、裏切った新発田藩領に上陸して進軍し、新政府軍におちたため列藩同盟は崩壊することになります。

→ 新・幕末史

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2023/12/24

南北戦争を戦った日本人

 【書 名】南北戦争を戦った日本人
 【著 者】菅美弥、北村信三
 【発行所】筑摩書房
 【発行日】2023/09/15
 【ISBN 】978-4-480-01781-9
 【価 格】1700円

1876年12月30日、アレクサンドリアの地元紙に「ある日本人の死」という記事が掲載され、南北戦争に従軍していた模様です。少なくとも2名の従軍者がいたようです。吉田松陰がアメリカに密航しようとして捕まった事件が有名ですが、実際に密航したケースや遭難で海外にわたっているケースがありました。また咸臨丸からも3名が行方不明になっています。水夫クラスで西欧の進んだ姿をみたのが原因かもしれません。

また咸臨丸で病気となり療養で残ったものや看護人で残った者もいますが、ほとんどは日本へ向かう便で帰国しています。なかには亡命者もいて使節団でアメリカにわたった塚原は、帰国しますが鳥羽伏見の戦いで幕府が敗れたためアメリアに亡命。後にジョセフ・ヒコとハワイで会ってともに明治の日本へ戻りました。

■軍人恩給
2020年、南北戦争最後の恩給受給者が亡くなったことがニュースになっています。

→ 南北戦争を戦った日本人

 

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2023/12/20

人物から読む 幕末史の最前線

 【書 名】人物から読む 幕末史の最前線
 【著 者】町田明広
 【発行所】インターナショナル新書
 【発行日】2023/12/12
 【ISBN 】978-4-7976-8132-1
 【価 格】920円


JBpress連載「渋沢栄一と時代を生きた人々」、「幕末維新人物伝2020」を改稿してまとめた一冊です。


■井伊直弼
日米通商条約を結んだのは岩瀬忠震と井上清直で、井伊直弼はあくまでも勅許獲得するまで延期でした。ただし窮した場合は調印してもよいと言ったため現場で実行してしまいました。ただしイギリス、フランスがアメリカと結んだ通商条約以上を求めないようハリスが斡旋するという誓約書付きでした。中国でアロー戦争が起き天津条約がイギリス、フランス連合軍と結ばれた背景がありました。


■平岡円四郎
大河ドラマ「青天を衝け」で注目を浴びた平岡円四郎が慶喜の近侍となったのは32歳の時。慶喜は16歳でした。粗暴で空気が読めない平岡に対して慶喜が礼儀作法を教えるという珍事がはじまります。平岡も平然と主君から手ほどきをうけていました。箸や椀の持ち方、食べ方なども指導します。


■京都守護職
松平容保が有名ですが最初は島津久光に京都守護職就任の話がいっていました。ところが生麦事件の勃発で鹿児島がいつ英国艦隊の来襲があるか分からない状況で辞退します。


■坂本龍馬
薩摩藩は薩英戦争で軍艦を失い、幕府からの借用船が豊前田ノ浦で長州藩から砲撃され、逃走中の火災で士官や機関員などが亡くなってしまい海軍力が壊滅的な状況に。そこで坂本龍馬をはじめとした海援隊を薩摩藩士として雇うことになります。ただし龍馬は長州との人脈があるため薩長同盟に携わることになります。

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2023/03/13

グローバル幕末士

 【書 名】グローバル幕末士
 【著 者】町田明広
 【発行所】草思社文庫
 【発行日】2023/02/08
 【ISBN 】978-4-7942-2632-7
 【価 格】1200円

幕府が考えていたのが大攘夷(国を開き富国強兵してから攘夷を実行、つまり未来攘夷)、これに対して長州や朝廷は小攘夷(即時攘夷)でした。下関戦争や留学生を送ることで上層部は未来攘夷へ転換しますが、下級武士レベルでは攘夷のままでした。

■和親と通商
日米和親条約は鎖国の枠内という認識でした。ところがアロー戦争が勃発します。そこでオランダとの和親条約に条項を追加しますが長崎での会所貿易のままでした。アメリカのハリスはイギリスが天津・北京条約で清が植民地化していくことを危惧して、先にアメリカと日米修好通商条約を締結すればイギリスは条約以上の要求をしてこないことを伝え、条約を締結します。

■岩瀬忠震
ハリスと交渉した岩瀬は基本的に自由貿易派。井伊大老は勅許をえるまで待てと言いますが井伊は窮した場合は締結してもよいと言ってしまったため、現場判断で条約締結してしまいました。安政の大獄では岩瀬らは弾圧されます。結んだ条約が不平等条約と言われますが関税は20%で妥当なものでした。ところが慶応2年(1866)に英仏米蘭との間で改税約書で5%になってしまって安価な商品が大量に流入して激しいインフレになってしまいます。下関砲撃事件の賠償金を2/3にする条件で長州の攘夷運動によるツケでした。結局、自分たちのせいで不平等になった条約を明治になって交渉することになりました。

岩瀬忠震は海外を見たくっていろいろと画策しますが、結局は弾圧などで断念します。
幕府は英仏米蘭以外にポルトガル、プロイセン、スイス、ベルギー、イタリア、デンマークの11ケ国と通商条約を結んでいます。
安政元年から翌年にかけてロシア使節プチャーチンの要請で戸田(へだ)でヘダ号の建造が行われ岩瀬忠震は諸藩から船大工や藩士を参加させました。200人を超えていて、これで造船技術が日本全国に広がりました。

■生麦事件
島津久光はファイアリー・クロス号を横浜で購入しますが、幕府のいやがらせが色々とありました。永平丸と名づけ、買った軍艦に乗って薩摩へ戻ろうとしたら、島津久光は藩主ではないのでダメということで陸路をとることになります。途中で発生したのが生麦事件です。

■池田長光
攘夷派の急先鋒で幕府から開いた横浜の鎖港を交渉するようにパリに派遣されます。幕府は時間稼ぎのつもりでしたが海外を見た池田長光は考え方をまったく変更。帰国すると海外渡航の自由化や海外への特命全権大使の派遣を幕府に建白します。国内一和、海陸軍備、各国交際の3つをするために留学生派遣や現地新聞を定期購買して情報収集なども建白します。長州ファイブや薩摩スチューデントなど幕府が知らない間に各藩は留学生を派遣しており、分かっているだけで加賀藩、佐賀藩、広島藩、紀州藩、福岡藩などでした。ただ長州ファイブは自費での渡航で金がないため井上馨は藩の武器購入資金の1万両を担保に渡航費用を捻出しましたが、了承していたのが大村益次郎でした。

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