2010/10/24

あまのじゃく日本風俗学

 【書 名】あまのじゃく日本風俗学
 【著 者】多田道太郎
 【発行所】PHP文庫
 【発行日】1988/1/19
 【ISBN 】4-569-26135-3
 【価 格】450円

京都にある現代風俗研究所の中心的存在が著者の多田道太郎氏。タコヤキスの熊谷真菜さんに講演してもらった時に、師匠として名前のあがっていた方です。

■日本は緯度大国
南北に長い日本はヨーロッパ10ケ国を覆う緯度になる大きさを持っています。緯度が大きいため北海道や沖縄など独特の文化を持つ文化的多様性が生まれます。先日、宮古島や石垣島へ行ったばかりなので確かにそうですね。お墓の形は全然、違うしシーサーや石敢當の魔よけ。家の形も全然違います。10月になっても18時はまだ日没前。

■自然を大切にの自然とは?
COP10が名古屋で開催され、自然や環境に注目が集まっていますが、この自然はいつの自然を指すのでしょう。自然と言いながら具体的な花の名前が出てこないことに疑問を呈しています。桜が咲く自然と言っても、よく見る桜は100年前に登場したもの。2万年前といえばブナの原生林です。

昔の桜はヤマザクラでしたが、すぐ散ってしまうので100年前に人工交配で作られたのがソメイヨシノ。最初は吉野千本桜のまねをして浅草の奥山に植えらたそうです。桜には太夫の名前が書かれた短冊がぶらさがっていて、花見の後に吉原へ繰り出す趣向だったそうです。

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2006/08/09

SF魂

 【書 名】SF魂
 【著 者】小松 左京
 【発行所】新潮新書
 【発行日】2006/07/20
 【ISBN 】4-10-610176-9
 【価 格】680円



日経新聞の「私の履歴書」に先日連載されていましたが、それと重なる部分もあります。

■教養が大切
小松左京氏が湯川秀樹氏にインタビューに伺った時にこんな歌を知っているかと言われ

「月やあらぬ 春や春の春ならぬ わが身ひつつはもとの身にして」
きちんと在原業平ですね。と答えたそうです。量子力学では、観察することが極微微小の量子に影響を与えてしまう観察者問題というのがあり、それを歌で表現したんですね。

京大では文や理でなく学際的な知というものがあり、卒業して京大の先生方とつきあううちに気がついたそうです。学際的な知といえば梅棹忠夫先生なんか典型的ですなあ。この本にも随所で登場します。

■ミンパクのきっかけ
小松左京氏がメキシコでメキシコ国立人類学博物館を見学、感激して「日本にもこういうものを作らないと」と言ったのが発端だったんですね。

■あいうえお誕生
かなが生まれたきっかけは梵字でした。梵字は母音と子音のマトリックスになっており、日本語の五十音順のマトリックスは梵字が日本に入った時にできたそうです。つまり当時の坊さんが梵字が読めるようにルビをふるために「ひらがな」を作ったようで、カンニングペーパだったんですね。

→ SF魂

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2006/07/09

渋沢家三代

 【書 名】渋沢家三代
 【著 者】佐野眞一
 【発行所】文春文庫
 【発行日】1998/11/20
 【ISBN 】4-16-660015-X
 【価 格】840円



著者は日経ビジネスに「カリスマ 中内功とダイエーの戦後」を連載されていた人で文章のうまいノンフィクション作家です。「旅する巨人 宮本常一と渋沢敬三」という著作もあります。

前に日経ビジネスに渋沢栄一の秘書から代々渋沢家に仕えた杉本行雄という人物が青森県三沢市の古牧温泉グループのオーナーになって作った渋沢神社の記事が掲載されていましたが、このルポも同じ作者です。渋沢というテーマをかなり前から追っていた感じで、それが作品にもよく表れています。

内容は色々な新聞の書評に取り上げられている通りなんですが、モラルを失った経営者にはぜひ読んでもらいたい一冊ですね。

■日本最初の会社
坂本龍馬の海援隊が有名ですが、一般から出資を公募して作成したのが 渋沢栄一が静岡に作成した商法会所が最初だそうです。徳川慶喜に従って静岡に来ましたが、藩録をもらわずに実業で飯を食っていこうと考えます。もっとも財務の専門家としてすぐに新政府に呼び出されることになります。

■国立民族学博物館
3代目の渋沢敬三は早い段階から国立民族学博物館の創設を考えていました。「論文を書くのではない。資料を学会に提供するのである。」
昭和12年にはポケットマネーで三田の屋根裏部屋に置いていた民具の資料などを保谷に移管して、これが40年後に大坂千里に梅棹忠夫先生が作ったミンパク(国立民族博物館)の母体になったそうです。国家がやらずに個人の力で初めてしまったのがすごいですね。

→ 渋沢家三代

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2006/05/10

神さまと神社

 【書 名】神さまと神社
 【著 者】井上 宏生
 【発行所】祥伝社新書
 【発行日】2006/03/05
 【ISBN 】4-396-11035-9
 【価 格】760円



副題は「日本人なら知っておきたい八百万の世界」です。

初詣など、よく神社へお参りに行きますが、祭神にも気にせず商売繁盛の神さんと言われているのでお願いしておこうかなどけっこういいかげんです。そこで神社とはどういう存在なのかいろいろと学べる本になっています。

■神主になるには
神主の資格は上から浄階、明階、正階、権正階、直階とあります。資格を得る方法は、いろいろとありますが、多いのが國學院大學または伊勢の皇學館大学で神職の養成過程に通うことです。単位を取得すると明階になります。

■春日大社
奈良にある藤原氏の氏神でもある春日神社ですが、祭神は鹿島神宮のタケミカヅチノミコト、香取神宮のフツヌシノミコト、あとは大阪・枚岡神社のアメノコヤネノミコト、ヒメカミを迎えて作られました。近くにある枚岡神社については元春日などと名前がついているので知っていましたが、遠く鹿島神宮や香取神宮からも迎えていたんですね。

その鹿島神宮には、万葉集の時代に神宮に集まってから防人の任務についたそうで、長旅に出ることを「鹿島立ち」と言っております。

■罪の語源
ツツシミが語源で、元来は罪を犯さないように謹慎していることがツミだったそうです。

■徳川家の三葉葵
徳川家は三河の賀茂郡が発祥で、賀茂の神社の神紋が三葉葵だったことか家紋にしたのが発端だったそうです。

→ 『神さまと神社』

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2006/01/20

鳥居龍蔵伝

 【書 名】鳥居龍蔵伝
 【著 者】中薗 英助
 【発行所】岩波書店
 【発行日】1995/3/29
 【ISBN 】4-00-001519-2
 【価 格】3500円



百万遍で行われた秋の古書市に行った時に紫陽書院の棚でみつけてきました。

『鳥居龍蔵』、この名前を初めて聞いたのが1999年です。梅棹忠夫先生の『知的生産の技術』発刊30周年記念を記念するセミナーが千里ライフサイエンスセンターで行われましたが、その時に「フィールドワークの先駆者は誰ですか?」という質問に梅棹先生が答えられたのが鳥居龍蔵という名前でした。

それ以来、折にふれて雑誌などで名前を見かけるようになりましたが、古書市で生涯を書いた本を見つけ買ってきました。

鳥居龍蔵が生まれたのは明治3年。小学校を中退し、学歴はありませんが東京帝国大学の人類学教室の坪井博士に師事、やがて標本の臨時雇いに、縁があって25歳で遼東半島へフィールドワークに派遣されます。これが皮切りでした。

やがて結婚し、子供が生まれても、今度は家族を連れて蒙古へフィールドワークへ。当時は馬賊などが暗躍していた時代でたいへんでしたが、赤ん坊を連れた奥さんを伴っていたので相手も警戒心を解き、これがフィールドワークに効果的でした。東アジアを中心に旅行自体が大変な時代にいろいろなところへ出かけます。

当時の学者は今と同じで机上で書物から論文を書く人が多く、実際に現場を出かけて論文を書く鳥居龍蔵の態度はかなり異質でした。やがて人類学教室の主任教授になりますが、内部的なゴタゴタにいやけがさし、辞職願を出すことも、この時に解剖学の小金井博士という人が登場するのですが、この方、星新一のおじいさんだったんですね!

波乱万丈の人生でしたが、その名前と業績は日本よりも海外で著名な方でした。ライフワークは遼代の研究でした。

→ 鳥居龍蔵伝 岩波文庫になっています

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2005/11/09

民博誕生 館長対談

 【書 名】民博誕生 館長対談
 【著 者】梅棹忠夫
 【発行所】中公新書
 【発行日】1978/10/15
 【価 格】440円



古本屋で見つけてきました。読み終わって書棚に入れようと思ったら同じタイトルの本がありました。いつもの二重買いですねえ。

当時、国立民族学博物館館長だった梅棹先生との対談集をまとまたものになっています。

■ミンパクの展示物
小松左京氏との対談で、はっきり「ガラクタ」と言っております。

世界中の古い物置の隅からかっさらってきたもので、国立古道具屋だそうです。ただガラクタなので、ほっといたら焚き付けに使われてしまいます。後から探すことは困難で、そこで焚き付けにならないうちに集めています。

■渋沢敬三
国立民族学博物館を作ろうという話は昔からあり、最初に言い出したのは渋沢敬三氏でした。財団法人民族学振興会が作られ、この運動が続いていたおかげです。最初に計画が出来たのが1935年。

万博の跡地をどうするかとい議論になった時に跡地に民博を作ろうと梅棹先生が策謀を巡らし出来上がりました。

■知的生産の技術
設計は黒川紀章氏で回遊式の博物館が誕生します。色は黒を基調に博物館ではなく博情館を目指しました。ビデオテークを作ったりコンピュータを導入したり、民博友の会という市民と博物館を結ぶシステムを作るなど壮大なレベルでの知的生産の技術の現場になっています。

■町人がささえる大阪
司馬遼太郎氏との対談に載っています。

天神祭も戦前までは船場の旦那衆が運営していたそうです。祭りなので赤字になれば月の当番が穴埋めしていましたが穴埋めしたことは誰も言わなかったようです。戦後、船場の商店が商社になると天神祭りの運営が困難になったのは当然ですね。

■大阪を燃やせ?
幕末に山内容堂が建白書を出したそうです。内容は大阪を焼いてしまえでした。外国がもし攻めてきたら大阪港に入られ外国が橋頭堡を作ってしまう。傑作なのはもう一つの理由で大阪人はすぐに外国を受け入れてしまうだろうということです。

商売人の町なので経済には国境がありませんからね。さすがに幕府は建白書をにぎりつぶしたそうです。


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2005/04/14

辞書漫歩

 【書 名】辞書漫歩
 【著 者】惣郷 正明
 【発行所】朝日イブニングニュース社
 【発行日】1978/7/20
 【価 格】1400円 古書価1000円



日本ローマ字会、知研関西支部で開催した「知的生産の技術」発刊30周年記念で梅棹忠夫先生から出ていた人物の名前がこの本に出ていました。

会場の質問「今までは本を読んでの研究が多かったのですが、日本で最初にフィールドワークなどをされた方はどなたですか?」

梅棹先生 「それは鳥居竜蔵という人物です。学歴が無かったということもあったのでですが、奥さんやまだ小さな赤ん坊を連れて蒙古の奥まで分け入りました。現在のフィールドワークはこの先駆者のおかげです。」

■鳥居竜蔵
徳島の小学校を中退して学歴もなく独学で学び、17歳の時に投稿した初論文が「東京人類学会報告」に掲載され、これが縁で上京して東大の標本整理係になります。

学歴がないので、外へ出るしかないと台湾、沖縄に学術調査を行い、28歳でやっとこさ助手になれました。無学歴者には破格の昇進だったそうです。その後、北千島、中国を踏破し、明治35年に世界の種族百一を集めた「世界人種地図」「人種誌」を出版しています。

東シベリア、中国、南米にも足をのばし、明治40年にはキミ子夫人と生後3ケ月の長女幸子を連れて蒙古調査に1年半の大旅行を行います。大正12年に東大助教授、昭和28年に亡くなっています。

60年にわたる著書、論文が12巻の全集として昭和52年に朝日新聞社から刊行されています。

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2005/04/04

みんぱくコレクション

 【書 名】みんぱくコレクション
 【著 者】宇野文男
 【発行所】財団法人千里文化財団
 【発行日】2000/3/15
 【価 格】600円



大阪万博の跡地にある国立民族学博物館へ行った時に売店で買ってきた本です。日本の民族学の歴史が簡単に分かる本になっております。

大森貝塚の発見で有名なモースが明治にお雇い外国人教師として日本に赴任し、日本における動物学、人類学、考古学の基礎を築きました。

やがて鳥居龍蔵のフィールド調査などが始まり、東大の人類学教室の収集資料が生まれていきます。また財界人であった渋沢敬三のアチック・ミュージアムを創り、柳田国男や折口信夫などの協力などで充実したものになっていきます。

そして、大阪万博になります。太陽の塔をプロデュースした岡本太郎はパリ大学の民族学科出身で、そこで世界中から民族学資料を集めて、展示をすることに、この当時、京都大学助教授だった梅棹先生も収集の旅に出ています。

万博が終わった後の跡地利用の時に梅棹先生が頑張って実現したのが、今の国立民族学博物館という大学の研究機関+博物館というユニークな施設になっています。

東大の人類学教室の資料やアチック・ミュージアムの資料も収納されて、今のミンパクは出来上がっています。

ミンパクの展示に「桃太郎」を日本の各地の方言が聞ける機械があるのですが、京都編は西陣生まれの梅棹先生がしゃべっているそうです。若かりし、梅棹先生の声が聞けるそうです。

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2005/01/31

シベリアをわたる風

 【書 名】シベリアをわたる風
 【著 者】等々力政彦
 【発行所】長征社
 【発行日】1999/7/9
 【ISBN 】4-924929-35-2
 【価 格】2000円



2000年3月に知的生産の技術研究会・関西で「喉歌の夕べ」というタイトルで講演していただいた等々力(とどりき)さんの本です。会場では署名もしていただきました。(^^);

本の中にはトゥバ共和国の写真も何点か掲載されています。見渡すかぎりの草原で、こんなところへ行ってみたいですねえ。ですが、けっこう物騒なところで殺人事件も起きているんだそうです。

■神聖の印
シベリアでは鉱泉の湧き出すような神聖な場所には白い布を木に巻き付けるそうで、この風習はコーカサス山脈から朝鮮半島まで続いているそうで、どうも神社のおみくじを木に巻く起源になっているようです。

■黒澤映画
トゥバ共和国と聞いても、全然ピーンと来ませんが、黒澤映画の「デルス・ウザーラ」の主役はこの国の俳優であるマクシム・ムンズク氏だそうです。等々力さんは偶然このムンズク氏と出会って、ムンズク氏が黒澤氏と再会したいということで、その手紙を運んだりと色々なエピソードが出ています。

■タルバガン
すっかりトゥバと喉歌の世界にはまった等々力氏ですが、北海道の嵯峨氏が喉歌と馬頭琴をやっているということでユニットを組むことになり、名前はタルバガンとつけました。

現地の言葉で「地リス」だそうです。たいへん臆病なクセに好奇心旺盛な動物で、その習性のせいで変な狩りの方法でつかまってしまう間抜けな動物です。

トゥバ人がタルバガンというユニット名を聞くと、大概はおかしそうに笑って、すぐ覚えてくれるそうです。ただ日本ではタラバガニに間違えられることが多いそうで

独特の歌い方をする喉歌ですが、けっこう色々な人が取り組んでいるんですね。松任谷由美や旭鷲山関もやっているそうです。初めて聞くと、なんで人間からこんな音が出るのだと驚いてしまいます。

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