2017/01/04

古代日本の情報戦略

 【書 名】古代日本の情報戦略
 【著 者】近江 俊英
 【発行所】朝日新聞出版
 【発行日】2016/12/25
 【ISBN 】978-4-02-263053-7
 【価 格】1600円

天武天皇時代に古代道路網が整備されたようで、当時は白村江の戦いからそう時間が経っておらず、唐などとの外交関係が緊張していました。緊急事態を伝える情報システムが全国に整備され、大路は幅12メートルの道がまっすぐ作られました。途中には駅家が作られ、ここで馬を取り換えて都を目指しました。伝達スピードはめちゃくちゃ早かったようで大宰府ではっせいした藤原広嗣の乱が大宰府から聖武天皇が行幸していた関宮(津市白山町)まで705キロあり、これを5日で伝送したそうです。1日140キロの移動です。

忠臣蔵で浅野内匠頭が吉良に切りつけた刃傷事件を起こし、使者は早かごを使って江戸ー赤穂間620キロを伝えるのに四日半かかりましたので、いかに早かったかが分かります。ただ外交関係が落ち着き緊急性ではないので駅家が使われるようになり民衆の負担が無理となりシステムは崩壊してしまいます。


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2016/12/16

平城京のごみ図鑑

 【書 名】平城京のごみ図鑑
 【著 者】奈良文化財研究所
 【発行所】河出書房新社
 【発行日】2016/11/20
 【ISBN 】978-4-309-22688-0
 【価 格】1600円

平城京などの木簡が発見されるのは実はゴミ捨て場。これで当時の人間がどんな生活を送ってきたかが分かります。奈良そごうを建築する前に発掘調査したところ、出てきたのが「長屋親王宮」と書かれた木簡。長屋王の邸宅が特定できることになります。また交易を行っていた木簡も出てきて、当時の長屋王邸は邸宅+会社のような商家のようなイメージに近かったようです。リサイクルもいろいろ行われており柱が古くなったら、くり抜いて排水管にしていました。


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2016/11/25

飛鳥むかしむかし 国づくり編

 【書 名】飛鳥むかしむかし 国づくり編
 【著 者】奈良文化財研究所
 【発行所】朝日新聞出版
 【発行日】2016/10/25
 【ISBN 】978-4-02-263050-6
 【価 格】1850円

2013年~2016年に朝日新聞奈良版に長期連載をまとめた本で、飛鳥誕生編の続刊です。

■瓦の再利用
藤原京から平城京遷都となった時、使える瓦は平城京に運ばれ再利用されました。平城京用に新規で焼いた瓦は黒っぽくなっていて、色で平城京の瓦か藤原京の瓦か見分けられます。大極殿は中心となる建物なので全部新調されました。藤原京の瓦ですが長岡京や平安京でも出土しており、100年以上使われた瓦もありました。

現在、平城京跡に大極殿と朱雀門が復元されていますが、大極殿には平城京で新調された黒っぽい瓦、朱雀門には藤原京の瓦が使われたことから白っぽい瓦で復元されています。

■大神高市麻呂
壬申の乱で天武天皇に味方し、箸墓付近の上ツ道沿いの戦いで勝利をおさめました。持統天皇の時代、伊勢行幸しようとした天皇に対して田植えの時期の行幸は民に迷惑を与えると諫言しましたが、聞き入れられず職を辞しました。気骨のある人物です。大神高市麻呂ですが住んでいた邸宅と勤務地が両方とも発掘で確かめられて分かっているという珍しい人物です。邸宅は現在の三輪神社の摂社でした、勤務地が左京職で、今は奈良文化財研究所都城発掘調査部のある所で、この本の筆者達が勤めるところでした。

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2016/11/12

飛鳥むかしむかし 飛鳥誕生編

 【書 名】飛鳥むかしむかし 飛鳥誕生編
 【著 者】奈良文化財研究所
 【発行所】朝日新聞出版
 【発行日】2016/08/25
 【ISBN 】978-4-02-263049-0
 【価 格】1850円

2013年~2016年に朝日新聞奈良版に長期連載をまとめた本で、各巻にはカラー復元画像が入っています。飛鳥豊浦宮などが有名ですが、少なくとも1万2千年前には縄文人が住みついていたようで大官大寺跡では縄文時代の遺跡が見つかっています。弥生時代の遺跡も見つかっており、住居があったところに宮ができました。

当時の回廊が見つかった山田寺跡の前を通っているのが山田道ですが、基礎では敷葉工法になっていました。水はけをよくする土木工法です。また推古時代の山田道は現在よりも少し南、水落遺跡と小墾田宮の間を通り、それぞれが水落遺跡と接していたようです。


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敗者の古代史

 【書 名】敗者の古代史
 【著 者】森 浩一
 【発行所】KADOKAWA
 【発行日】2016/10/15
 【ISBN 】978-4-04-601781-9
 【価 格】800円

歴史は勝者が書くため敗者が実際はどんな人物だったかは分かりません。神武天皇に敗れた長髄彦から大友皇子まで19章にわたって取り上げています。

物部の祖というとニギハヤヒノミコトですが、「先代旧事本紀」にはニギハヤヒノミコトの東遷の話が出てきます。河内平野に勢力を築き、物部系神社が東大阪や八尾に点在することになります。ヤマオでの拠点は鳥見白庭山においたようです。鳥見は外(とび)山と書くようになっていき、桜井駅の近くにある外山になります。麓に茶臼山古墳がありますが、ここがニギハヤヒノミコトの墓ではないかと推定しています。

昔、大阪には河内湖があり住吉神社の前は海でした。やがて帯状の潟ができますが、太鼓橋の下の池はこの潟の名残のようです。

乗馬の風習が伝わると東大阪は馬飼の土地となっていきます。継体天皇の河内入りを手助けした人物に河内馬飼首荒籠(かわちのうまかいのおびとあらこ)がいますが、近鉄瓢箪山駅近くの瓢箪山古墳の被葬者ではと推定しています。そうなると近くにある山畑古墳群は馬飼集団の墓地のようです。

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2016/04/03

暦で読み解く古代天皇の謎

 【書 名】暦で読み解く古代天皇の謎
 【著 者】大平 裕
 【発行所】PHP文庫
 【発行日】2015/10/21
 【ISBN 】978-4-569-76437-5
 【価 格】780円

日本書紀の編纂者たちは日本書紀を記述する時にどう暦を活用したかに注目した本です。

応神天皇の太子に宇治【菟道】稚郎氏(うじのわきいらつこ)とい人物がいて百済から派遣された王仁博士らに漢籍や経典について学んだという記述が出てきます。太子の宮は現在の宇治神社にあったそうです。延喜式には太子の墓が仁徳天皇陵(八町四方)よりはるかに大きい十二町四方だったという記述がありますが、こんなに巨大な墓はまだ発見されていません。宇治朝日山の山頂がそうではないかという説があるそうです。


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2016/03/05

古代倭王の正体

 【書 名】古代倭王の正体
 【著 者】小林 惠子
 【発行所】祥伝社新書
 【発行日】2016/02/10
 【ISBN 】978-4-396-11456-5
 【価 格】860円

欠史八代や倭の五王とは一体、誰だったのか当時の漢、魏、高句麗などを含めて考察していますが実にスケールの大きな話になっています。倭王といってもヤマトだけでなく百済王なども兼任しており、特に朝鮮半島の紛争などと密接にからんでいました。倭の五王の一人、例えば倭王武は宋から使持節都督倭・新羅・任那・加羅・秦韓・慕韓六国諸軍事安東大将軍倭王と任じられていますから、その通り読めばヤマトも朝鮮半島を支配した王です。古代史を見る視点が根本から変わる一冊です。

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2016/02/29

蘇我氏の古代

 【書 名】蘇我氏の古代
 【著 者】吉村武彦
 【発行所】岩波新書
 【発行日】2015/12/18
 【ISBN 】978-4-00-431576-6
 【価 格】800円

■名負(なお)いの氏
職掌が氏名になるパターンで伴造(とものみやつこ)氏族
大伴氏-伴(トモ)とは本人自身の労働力をもって王権に仕え奉る人で大伴氏は伴の集団を管理した氏族
物部氏-モノを奉る氏族
など

これに対し、蘇我氏などは地名(曽我町)に由来する氏族である。

■蘇我氏の諸族
川辺臣氏-十市郡川辺郷
田中臣氏-高市郡田中宮
小治田臣氏-高市郡小墾田宮
桜井臣氏-高市郡桜井豊浦宮、河内郡桜井郷、石川郡桜井宮
岸田臣氏-山辺郡岸田村
高向臣氏-錦部郡高向村

■大変な国際情勢
乙巳の変が起こった頃、日本を取り巻く各国で政変が続いていた時代。
高句麗-大臣の泉蓋蘇文が国王の栄留王を殺害 唐が高句麗遠征に踏み出す
百済-国王が王弟や子供を追放 新羅を攻撃
これらの政変は日本にも伝わっており、国際情勢に日本も揺れ動いていました。

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2016/01/28

蘇我氏

 【書 名】蘇我氏
 【著 者】倉本 一宏
 【発行所】中公新書
 【発行日】2015/12/20
 【ISBN 】978-4-12-102353-7
 【価 格】800円

乙巳の変で滅んだとされる蘇我氏ですが、そんなことはなくずっと続いています。蘇我氏はもともとは葛城氏。大王に妃を出し、外戚となった一族です。この葛城氏から独立したのが蘇我氏です。大臣(オホマヘツキミ)に任命され、蘇我稲目、馬子、蝦夷、入鹿の系統が氏の長者となります。ところが蘇我氏族内での争い、王位の争い、外交政策の争いなどから乙巳の変が発生します。変って氏の長者となったのが石川氏。河内国石川郡を地盤としていました。葛城氏と同様に石川氏の娘も天皇と結婚していきます。蘇我氏の血をひく女性が重視されました。

藤原不比等の奥さんが蘇我連子の娘で蘇我の血が藤原に入ることになります。これで藤原氏が蘇我と同じように天皇の外戚になれる仕組みになりました。本家の蘇我氏ですが、墓誌が見つかった小治田安萬侶も蘇我氏でした。石川氏ですが姓を元に戻します。それが宋岳(そが)。後にムネオカとも呼ばれるようになり宗岡や宗丘の字になったりもしました。この宋岳氏ですが平安時代も残ります。


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2015/12/25

血脈の日本古代史

 【書 名】血脈の日本古代史
 【著 者】足立 倫行
 【発行所】ベスト新書
 【発行日】2015/12/20
 【ISBN 】978-4-584-12492-5
 【価 格】815円

古代氏族の研究をしている宝賀氏の資料をもとに、現地を訪れなかなか面白い視点で古代史を描いています。

■伊勢神宮
昔、伊勢神宮は現在の雰囲気とはだいぶ変っていたようで、境内には杉やヒノキの大木が続き、おごそかな雰囲気を出していますが、これは仁安の大火(1168年)の後の植林の結果で、それ以前は照葉樹林だったそうです。また現在のような玉石ではなく寛政3年(1462年)の遷宮まで一面雑草に覆われていたそうです。

■神宮皇后の正体
神宮皇后は架空の人物ではなく、垂仁天皇皇后だったヒバスヒメ。常陸国風土記などには垂仁天皇の後に治世をしていたような話が出てくるそうです。しかも開花天皇の曾孫で陵が佐紀古墳群にあるところもピッタリ。


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