2017/09/16

戦国の城 目で見る築城と戦略の全貌(上)関東編

 【書 名】戦国の城 目で見る築城と戦略の全貌(上)関東編
 【著 者】西ケ谷 恭弘
 【発行所】学研
 【発行日】1991/8/1
 【ISBN 】4-05-105602-3
 【価 格】1,748円

戦国期の関東23城が精密イラストとともに復元されています。
小田原城、石垣山一夜城、玉縄城、小机城、江戸城、世田谷城、稲付城、川越城、鉢形城、武州松山城、館山城、真里谷城、百首城、逆井城、山入城、堀之内大台城、唐沢山城、小山城、多気山城、箕輪城、名胡桃城、白井城、平井城


他に縄張図が紹介されています。
三崎城、大庭城、津久井城、赤塚城、志村城、滝の城、杉山城、花園城、土気城、坂田城、島崎城、額田城、小田城、西明寺城、益子城、川連城、国峰城、金山城、大胡城

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2017/09/09

道で謎解き合戦秘史

 【書 名】道で謎解き合戦秘史
 【著 者】跡部 蛮
 【発行所】双葉社
 【発行日】2017/07/23
 【ISBN 】978-4-575-31288-1
 【価 格】1000円

11の合戦を道で読み解いた一冊です。

・桶狭間への道
・川中島合戦の道
・小谷城攻めの道
・本能寺への道
・中国大返しの道
・天正壬午の乱の道
・賤ヶ岳の合戦の道
・江戸入府の道
・関ヶ原の合戦への道
・九州征服の道
・大坂ノ役への道

織田信長は小谷城を攻めるための付城を築きましたが、大規模土木工事も行いました。最前線の虎御前山砦から横山城へ連携するために間に宮部砦を造り、間に三間半(約6.5m)の道路を整備し、小谷城側には5.5kmにわたり高さ3mお築地を築かせています。

備中高松城の秀吉の元へ本能寺の変の知らせが届きますが、流言も飛び交うので本当に所は分かりません。荒木村重や別所の反乱で瀬戸内海側の連絡ルートが閉鎖された時に山陰道の連絡通路を作っていたようです。おそらく情報が両側から届きダブルチェックができた可能性があります。

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信長研究の最前線2

 【書 名】信長研究の最前線2
 【著 者】日本史史料研究会
 【発行所】洋泉社歴史新書
 【発行日】2017/8/18
 【ISBN 】978-4-8003-1306-5
 【価 格】980円

副題が「まだまだ未解明な革新者の実像」。織田信長は中世的で保守的であったという実像が中心になりつつありますが、前作に続き信長の実像に迫っています。

・信長以前の織田氏とそのルーツは
・信長を生んだ、尾張国の地形・地理的環境とは
・信長の一代記「信長記」はいかなる書物か
・織田の顔・姿はどこまで本物に近いのか

・スムーズでなかった、信長の家督相続の現実
・信長と美濃斎藤氏との関係とは
・浅井長政は、なぜ信長を裏切る決断をしたのか

・室町幕府の幕府とは何か
・信長はなぜ蘭奢待を切り取ったのか
・信長の馬揃えは朝廷への軍事的圧力だったのか

・信長とイエスズ会との本当の関係とは
・信長「神格化」の真意を検証してみる
・安土城「天主」の復元はどこまで可能か

・信長は、生野銀山を直接支配したのか
・信長と都市・堺はどのような関係だったのか
・名物狩りと御茶湯御政道の実像とは

織田信秀が亡くなった後、信長に家督を譲ったことになっていますが弟の信勝が信秀に似せた自身の花押を発給文書に書いており、どうもスムーズな家督相続ではなかったようです。美濃では斎藤道三が土岐頼芸と争っていましたが今川との戦いを優先せざるを得なくなった織田信秀が斎藤道三と組みます。これで信長と帰蝶との婚姻に結び付き、斎藤道三は美濃をとることができます。

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2017/09/02

戦国の城 目で見る築城と戦略の全貌(下)中部・東北編

 【書 名】戦国の城 目で見る築城と戦略の全貌(下)中部・東北編
 【著 者】西ケ谷 恭弘
 【発行所】学研
 【発行日】1992/12/01
 【ISBN 】978-4051063498
 【価 格】1942円

戦国期の中部・東北31城が精密イラストとともに復元されています。
清州城、小牧山城、岡崎城、浜松城、二俣城、高天神城、駿府城、山中城、岐阜城、高山城、躑躅ケ崎館、新府城、真田氏館、上田城、小諸城、海津城、林城、七尾城、一乗谷城、丸岡城、栃尾城、春日山城、向羽黒岩崎城、鴨山城、羽黒山城、小浜城、米沢古城、九戸城、高水寺城、堀越城、根城

他に縄張図が紹介されています。
末森城、葛山城、諏訪原城、小里城、金山城、江馬下館、屋代城、福与城、鳥越城、白鳥城、栖吉城、百目木城、楢葉城、久川城、八谷城、石切城、鹿島館、金沢柵、浪岡城

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2017/07/09

戦国おもしろばなし百話

 【書 名】戦国おもしろばなし百話
 【著 者】青木繁男
 【発行所】ユニプラン
 【発行日】2017/01/05
 【ISBN 】978-4-89704-406-4
 【価 格】1,500円

通説とは違った話がいくつか掲載されていて楽しめます。

・織田信長の京都馬揃えは正親町天皇の要請というのが通説ですが、どうもヴァリニャーニの日程にあわせて28日に馬揃えが実施されたようです。またこの時に信長公記にバテレンが黒人を連れてきたという記載があり、これが本能寺の変まで付き従うことになる弥助のようです。

・「神君、伊賀越え」はなく、家康は堺から東に向かい伊勢南街道を通り高見峠を越えて松坂の松ケ島城へ出て、伊勢の岩出城を経由し大湊から三河へ向かいます。伊賀越えをしていたのは別動隊という説です。

・秀吉の文禄・慶長の役では現地で投降した兵がおり、その中の武将の一人が沙也可。対馬出身、雑賀出身などいろいろな説がありますが、今も子孫がおり司馬遼太郎が沙也可の村を訪れたそうです。


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2017/06/29

江戸始図でわかった江戸城の真実

 【書 名】江戸始図でわかった江戸城の真実
 【著 者】千田 嘉博、森岡 知範
 【発行所】宝島社新書
 【発行日】2017/06/09
 【ISBN 】978-4-8002-7129-7
 【価 格】740円

家康が造った江戸城については資料が残っておらず謎でしたが真田丸が独立した城だったことがわかった「極秘諸国城図」に創建当時の江戸城の絵図が入っていました。家康が入封した頃は太田道灌が造った江戸城を整備し使っていましたが関ケ原の合戦の後、ようやく余裕ができた家康は整備していきます。当時の天守閣は姫路城や和歌山城と同じ連郭式天守閣。5連続の枡形虎口や3重の丸馬出まであり高い防御力がありました。

二の丸などが突破されたら本丸だけで持ちこたえるのは難しいのですが、今川氏直と掛川城での戦いでの経験が影響しているようです。今川義元亡き後、9年間、今川を支えてきましたが、最後は掛川城で家康軍に包囲されます。裏切りも多く出ましたが朝比奈泰朝のように最後まで付き従う武将もいます。絶望的な籠城戦でしたが半年間持ちこたえている間に状況が変化し家康は北条と武田と相手することになり、今川氏直に武田信玄を駿河から追い出したら駿河を与えるという条件で和睦します。

後詰めがなくても状況変化で生き残れることを家康は学びました。もう一つ、和睦の条件を守らなくてもよいことは、のちの大坂の陣でまた使うことになります。

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2017/06/23

戦国の城攻め

 【書 名】戦国の城攻め
 【著 者】渡邊 大門
 【発行所】光文社知恵の森文庫
 【発行日】2017/06/20
 【ISBN 】978-4-334-78722-6
 【価 格】680円

毛利氏による吉田郡山城の戦い、川越夜戦で有名な河越城の戦い、大友一族の内紛である大友二階崩れの変、尼子氏による第二次月山富田城の戦い、足利義昭を擁した織田信長と六角氏との観音寺城の戦い、浅井氏の小谷城の戦い、武田・徳川の境目の城である高天神城の戦い、松永久秀の信貴山城の戦い、荒木村重の有岡城の戦い、尼子・山中鹿介による上月城の戦い、波多野氏の裏切りによる、八上城の戦い、別所氏と戦った三木城の戦い、宇野氏と秀吉の戦いである長水城の戦い。

徹底した封鎖による鳥取城の戦い、水攻めで有名な備中高松城の戦い、上杉景勝を追い詰めた魚津城の戦い、長宗我部と三好との十河城の戦い、紀州で行われた水攻めである紀伊太田城の水攻め、のぼうの城で有名な忍城の戦い、関ヶ原の前哨戦となった岐阜城の戦い、立花宗茂らを釘付けにした大津城の戦い、直江兼続の長谷堂城の戦い、関ヶ原のもう一つの前哨戦である安濃津城の戦い、真田と徳川の戦いである上田城の戦い、大河ドラマで有名となった真田丸の攻防といった25の戦いが紹介されています。


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2017/06/18

戦国武将の辞世

 【書 名】戦国武将の辞世
 【著 者】加藤 廣
 【発行所】朝日新書
 【発行日】2017/05/30
 【ISBN 】978-4-02-273718-2
 【価 格】760円

副題が「遺言に秘められた真実」となっています。

面白かったのが宮本武蔵と佐々木小次郎が戦った巌流島の戦い。小次郎の長刀よりも長い木刀を舟の櫂から作りリーチの差をいかしました。また細川藩は佐々木小次郎と弟子たちを一網打尽にしたかったようで、理由はキリシタンだったからだそうです。忠臣蔵についても面白いことが書かれていて討ち入りで実際に戦闘に参加した吉良側は15人ほど。小競り合いのようなものだったのが実際の話のようです。「覚悟した ほどにはぬれぬ 時雨かな」という、”なんだ~あ”という大石内蔵助の言葉が残っています。


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今川氏研究の最前線

 【書 名】今川氏研究の最前線
 【著 者】日本史史料研究会
 【発行所】洋泉社歴史新書
 【発行日】2017/06/19
 【ISBN 】978-4-8003-1263-1
 【価 格】980円

信長、秀吉、家康に続き最新の研究をもとに今川氏の実像について書かれています。

■甲駿相三国同盟
甲斐の武田信玄、相模の北条氏康、駿府の今川義元との間で結んだ同盟です。今川はこれで東側を気にせず西への侵攻をはじめますが、桶狭間の合戦で今川義元が敗死すると武田信玄は同盟を破って駿府に攻め込んでくることになります。

桶狭間の合戦では合戦前に武田信玄が織田信長と友好関係を結んでおり、今川家を継いだ今川氏真は武田信玄を疑っていたようです。また家康が岡崎城に戻りますが、最初は今川氏真の命令で終わりとの境をおさえるためだったようです。織田信秀の時代に今川は織田と手を結んでいた時代もあり、状況変化によってあっちへついたり、こっちへついたりということが、当たり前のように行われていました。

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2017/05/27

真説 戦国武将の素顔

 【書 名】真説 戦国武将の素顔
 【著 者】本郷 和人
 【発行所】宝島社新書
 【発行日】2017/05/24
 【ISBN 】978-4-8002-6768-9
 【価 格】1500円

天下人である織田信長、豊臣秀吉、徳川家康。戦国武将からは武田信玄、上杉謙信、毛利元就、石田三成、明智光秀、今川義元、島津四兄弟、伊達正宗。番外編で淀君が紹介されています。皆、一筋縄ではいかない人物ばかりで良い面もあれば悪い面もあり素顔が紹介されています。

浅井長政、明智光秀ともども信長を裏切りますが、浅井も朝倉とそれほど仲がよいわけではなく、裏切りの最大の理由は信長がスキを見せた点。これならいけると思ったからでしょう。

毛利元就は息子を小早川や吉川へ送り込んで乗っ取るM&A型です。アメリカの東海岸側に多いタイプですが、西海岸側は秀吉のベンチャー企業で家来に夢をみさせるチーム型。

伊達正宗と秀吉の取次ぎになったのが浅野長政。秀吉に伊達正宗が叱責された時に、いろいろアドバイスしたのですが、伊達正宗はダダをこね絶交状を送ります。これがため江戸時代を通じ、両家とも仲が悪かったそうです。両家の分家で起きたのが忠臣蔵事件になります。


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