増訂 秀吉の大仏造立
【書 名】増訂 秀吉の大仏造立
【著 者】河内将芳
【発行所】法蔵館文庫
【発行日】2026/08/15
【ISBN 】978-4-8318-2734-0
【価 格】1,400円
■法性寺口
京都七口のひとつに大仏が造立されることになり、奈良や大坂、近江などへ通じる交通の要衝でした。造立の指揮をしたのが高野山の木食で、秀吉の根来攻めの時に高野山で折衝にあたった人物です。他にも東寺の塔。宇治平等院などの作事に関わっています。
■大仏千僧会
大仏殿を先に造って中に大仏を作りはじめます。一宗ごとに100人ずつの僧が出仕し、20年も毎月開催されました。ところが地震で大仏殿は大丈夫でしたが大仏が崩れてしまいました。秀吉が病気になった時、善光寺如来を移そうとしますが織田信忠が武田勝頼を攻めた時に美濃に移していた前例がありました。また平泉から中尊寺一切経も移します。秀長が病気になった時も多武峰寺から大織冠を郡山へ移しました。病気平癒の効果があると考えられました。秀吉が亡くなる前日に善光寺如来は戻されます。
■豊国社
大仏再建の話が出た時に大仏横に北野天満宮のような神社建立の話が出てきます。秀吉は新八幡になるということで東大寺と手向山八幡宮との関係を考えていたようです。東大寺と同様に七重の塔や回廊の整備もはかられ、回廊はつくられて太閤塀として一部、残っています。大坂城の極楽橋にあった門が移築されましたが1602年に家康が竹生島に移すよう命令します。同じ年に大仏再建中に出た火によって大仏殿もろともに燃えてしまいます。


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