【書 名】戦国日本VSヨーロッパ
【著 者】NHKスペシャル「戦国」取材班、山崎啓明
【発行所】集英社新書
【発行日】2026/05/20
【ISBN 】978-4-08-721411-6
【価 格】1,030円
■イエズス会の報告書
確実に届くように封印した署名入りの報告書を3通複写して喜望峰経由や太平洋を横断するルートなどを使って送りました。最初は1549年にフランシスコ・ザビエルからの報告です。
■鉛
長篠の戦で使われた鉄砲玉の成分がタイにあるソントー鉱山と一致し、眼鏡をかけ四ツ目のカブラルで有名なフランシスコ・カブラルが鉛を信長に売るように命令したようです。イエズス会のインド管区にはポルトガル王室から活動費が給付されていましたが、ポルトガル王室が慢性的な財政難になったため、宣教師自身が南蛮貿易に乗り出していきました。
■安土城
7層の城で宣教師などにも案内しましたが、城内の部屋があまりに多いので信長自身も最近、迷ったいう記録が残っています。
■長崎
大村純忠が長崎を寄進してしまいましたがイエズス会の規則では土地の所有を禁止しており、カブラルは反対していましたが、カブラルの解任してマカオを追放したのがヴァリニャーニでした。長崎へやってくるポルトガル船から停泊料をとっていました。
■コエリョ
中国大陸に進出するために軍艦の斡旋を申し出たのがコエリョで実際に大砲をのせた軍艦を作り、博多で秀吉に船内を案内しました。秀吉は長崎の教会領や軍事力の秘密が分かり、バテレン追放令を出すことになります。
■倭寇
1582年ーカガヤンの戦い ルソン志摩のカガヤン沖で倭寇の船団がスペイン艦隊と戦闘になります。タイ:フーサと名乗る日本人が18船と1000名を率いていました。
1586年ー平戸の松浦鎮信がフィリピンのスペイン総統に軍事協力を申し込んでおり、小西行長と組んで6000名の日本人傭兵をフィリピンに派遣する計画です。
秀吉がフィリピン征服計画を総統に送りますが、影にいたのが原田喜右衛門という人物で、その前からキリスト教の巡礼衣で30~40人の日本人がやってきて、いろいろと偵察して帰り、スパイ活動をしていたようです。
■ウイリアム。アダムス
オランダは造船技術がありましたが遠洋航海や戦闘経験が不足していました。イギリス海軍・ドレーク総統の下で輸送艦の艦長をしていたウイリアム・アダムスを雇い入れます。乗っていたリーフデ号が漂着しますが家康は関ヶ原合戦前に20門の大砲などを接収していました。また戦闘員としてオランダ人を採用していたようです。
■オランダ東インド会社
1601年までに15船団65船を送り出しましたが、ブームで競争激化したためアジアでの商品仕入れ価格が上昇し、ヨーロッパの販売価格が下がることになります。そこで国内6つの主要な貿易会社を大同団結させ誕生したのがオランダ東インド会社です。21年の制限がついた独占会社で10年間の固定資本となっており出資者は有限責任でした。
交易に銀が使われましたがスペインが鉱山を握って売ろうとしないため、商取引で銀を得られる日本がオランダにとって特別な場所になりました。
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