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2026/02/11

平家物語と太平記 通説の虚像を暴く

 【書 名】平家物語と太平記 通説の虚像を暴く
 【著 者】呉座勇一
 【発行所】朝日親書
 【発行日】2026/01/30
 【ISBN 】978-4-02-295350-6
 【価 格】900円

■源義経
屋島出陣で梶原景時と逆櫓で対立したことはありえず、梶原景時は源範頼軍に参加していました。屋島出陣も周到に準備し1ケ月ほど渡辺津に滞在し、渡辺党など畿内水軍の組織化をすすめました。阿波の近藤親家と事前に連絡をとって勝浦に上陸して平家軍を攻めます。

屋島で勝利したことから熊野水軍が義経に味方することになります。平家最後の拠点である彦島に向かいますが、頼朝の指示を仰いでいると使者の往復で1ケ月以上かかるので独断で水軍を動かし壇ノ浦合戦となります。ところが三種の神器の剣が奪われ安徳天皇が入水することになります。頼朝は長期戦で平家の降伏を考えていたようですが、後の対立の伏線となります。また陸上を攻めていた源範頼軍は恩賞をえるチャンスがなくなることになり、義経に対する恨みとなります。また腰越状などは創作だったようです。

■陣城
向城という言葉が太平記に登場し南北朝時代に付城を利用した城攻めが行われていました。

■太平記
もともとは後醍醐天皇の鎮魂の意味をこめた後醍醐天皇一代記だったのが足利直義のもとで改定され後醍醐天皇や建武の新政を批判する記述が登場します。直義が失脚すると足利方の大名たちが戦功(高名)を追加するように要求され、どんどん複雑化していったようです。

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