【書 名】最新考古学が解き明かすヤマト建国の真相
【著 者】瀧音能之
【発行所】宝島社新書
【発行日】2025/03/24
【ISBN 】978-4-299-06506-3
【価 格】1,100円
■狗奴国
東海地域にあるとすると笹山古墳(岐阜県大野町)が濃尾平野で最古級の前方後方墳で狗奴国王の可能性があります。
■公孫氏
後漢が衰退にあわせて公孫度が遼東郡で独立し朝鮮半島へ勢力をひろげ204年頃に楽浪郡の南に帯方郡を設置します。倭国は公孫氏に臣属することになり、倭国内の混乱をおさめるためイトを中心とした勢力にキビ、ハリマ、サヌキ、イヨ、アワ、イズモ、タニハが集まり合議をし卑弥呼を擁立します。
■北九州
北九州は伊都国(一大卒)、奴国が中心で戦いの痕跡が少なく、高地性集落は東からの防御陣地のようです。瀬戸内海では抗争の後に吉備と大和が結びついたようで北九州は静観していましたが181年にニュージランド北島のタウオイ火山が噴火し農作物に打撃を与えます。中国では黄巾の乱が起き多くの難民が北九州に押し寄せます。公孫氏が中国とのルートを遮断したため後漢の後ろ盾を失った北部九州に対して、大和、瀬戸内海連合が圧力をかけて倭国乱となります。公孫氏が魏に滅ぼされると外交のアドバンテージが復活したことで卑弥呼に接近し、親魏倭王の称号をえられるように動きます。親魏倭王の権威によって出雲連合が卑弥呼政権に加わることになります。ただ吉備や出雲には反対勢力もいたようで呉鏡がでたりタケミナカタの諏訪逃亡の神話となります。
■八咫鏡
平原遺跡から見つかった内行花文鏡の円周が約146cmで八咫(約147cm)に近似し北九州の鏡が八咫鏡になった可能性があります。
■機内
大和盆地には東(三輪山、纏向)のミマキ、中心(唐子・鍵)のナカト、西北(生駒、信貴)のイコマ、西南(葛城)のミマスといった4つの官がありました。
■纏向遺跡
建物跡が見つかっていますが一つが伊勢神宮の原型となった神明造り、もう一つが大社造りの原型になります。
■卑弥呼の鏡
画文帯神獣鏡-機内を中心に吉備などに分布。北部九州や東海地域ではわずかの出土です。共立王の時代
三角縁神獣鏡-親魏倭王とともに魏の皇帝による特注品
■大王
女王と男王が並立して統治していたようで
磯城・山辺地域 箸墓(卑弥呼?)、西殿塚(台与?)、行燈山(崇神天皇?)
磐余地域 桜井茶臼山(キビツヒコ?)、メスリ山(オオヒコ?)、渋谷向山
キビツヒコの姉はモモソヒメ(箸墓)で弟は吉備氏の祖となるワカタケヒコになります。オオヒコはキビツヒコの次世代の四道将軍です。
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マト建国の真相
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