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2024/03/23

記紀の考古学

 【書 名】記紀の考古学
 【著 者】森浩一
 【発行所】角川新書
 【発行日】2024/03/10
 【ISBN 】978-4-04-082505-2
 【価 格】1300円

■かぐや姫
ミマキイリ彦の子、イクメイリ彦(垂仁)の妃の一人が大筒木垂根王の娘、カグヤ姫で京田辺市近辺の娘であった模様。竹取物語も南山背で成立した可能性もあります。南山背には古代隼人の居住地があり、市町村合併前の大住村は正倉院文章の「隼人計帳」に出てきます。

南山背に反ヤマト勢力があったようで平城山、祝園から樟葉にかけてが戦場となりました。ヲホド王(継体)が樟葉を最初の宮にしたのは水陸交通の要地以外に先にあった王権にとって記念すべき土地という意味もあった模様。

■箸墓古墳
壬申の乱で、いちはやく始祖王の墓(箸墓)、イワレ彦(神武)の陵をおさえ戦勝の祈願を行うことは皇位の正統性のアピールになりました。大海人皇子らにとって、そう認識されていたようです。
食事用の箸は8世紀頃から使われだすため土師氏が関わった土師墓が箸墓になったのではという説があります。

■葛城
当麻村にはナガスネヒコの墓と伝えられる小古墳があります。

■伊吹山
ヤマトタケルが伊吹山で山の神に苦しめられる話は昔から伝わっていたようで藤原不比等の子である藤原武智麻呂が近江国主の時に伊吹山に登りたいというと地元の人がヤマトタケルの話を出して反対。武智麻呂は鬼神の恐ろしさを知っているから害は加えないだろうと言って登ったそうです。

■安康天皇陵
字名が古城で戦国期の城郭を天皇陵に比定してしまった模様。奈良市の宝来山古墳の可能性が高いそうです。

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