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2024/01/06

長篠合戦

 【書 名】長篠合戦
 【著 者】金子拓
 【発行所】中公新書
 【発行日】2023/12/25
 【ISBN 】978-4-12-102785-6
 【価 格】900円

信長が本願寺に味方する河内を攻めるために出陣したことにあわせ後方支援のために武田勝頼が三河に進軍します。岡崎奉行だった大岡弥四郎が武田勝頼に内通しており岡崎に向けて出陣しますが途中で謀反が発覚し、岡崎攻めを中止にします。方向転換した後、野田城、吉田城を攻めて、ついでに長篠城を攻めますが、思いのほか抵抗されます。家康からの要請に援軍に応じなければ同盟関係が瓦解するところまで追い込まれた信長はしぶしぶ出陣します。

ただ本願寺攻めのために兵力を温存したいため馬防柵を構築し陣城を築きます。また柵から出て戦うなという指令を出します。布陣をみた武田勝頼は勝てると判断しましたが、実際に攻めると湿地で進む道が限られていたため一軍ごとに波状攻撃をかけざるをえず城攻めの形となります。この時に柵から撃つ鉄砲が威力を発揮しました。

■本願寺攻め
天正3年(1575)に本願寺攻めをしますが、その前に千町鼻と呼ばれる淀川の堤を破壊し、田地を水没させました。若江城を拠点に本願寺側の萱振城などを攻撃し三好康長の高屋城を佐久間信盛、柴田勝家が攻めています。信長本体は住吉、天王寺から遠里小野に陣を移します。東にある新堀城(長居公園近くにあった模様)を攻撃して陥落させます。

■奥平家
長篠城を守り抜き開運となりました。225年たった1799年などに長篠開運として祝宴が行われています。

■本田重次
長篠合戦の時に47歳で陣中から妻に送ったのが「一筆申す、火の用心、お仙?さすな、馬肥やせ、かしく」を送ったと言われています。

→ 長篠合戦

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