« 2023年12月 | トップページ | 2024年2月 »

2024/01/27

新知見の戦国史

 【書 名】新知見の戦国史
 【著 者】本郷和人
 【発行所】産経NF文庫
 【発行日】2024/01/22
 【ISBN 】978-4-7968-706-8
 【価 格】990円

産経新聞に連載されている「本郷和人の日本史ナナメ読み」をまとめた一冊です。

■加納城
長篠城を守ったのが奥平氏で奥平伸昌に家康の娘である亀姫が嫁ぎます。婿にはやさしい家康だったので奥平信昌を小幡藩(3万石 上野国)を与えたあと、京都所司代に任じます。慶長6年(1601)に岐阜10万石を与え、加納城を築きます。亀姫は「加納どの」と呼ばれることになります。御三階櫓は廃城となった岐阜城の天守を移築したと言われています。岐阜城天守を建設する時に御三階櫓の図面が参考にされました。

■本田忠勝
侍は首をとらずとも手柄せずとも、ことの難しきに至りて、主君と枕を並べて討ち死にを遂げ、忠節を守るを指して侍と申すなり

■かんかんのう
落語「らくだ」に出てくる「かんかんのう」。看々踊が流行っており、元は清の九連環という俗謡で長崎を通じて入ってきたようです。

→ 新知見の戦国史

| | コメント (0)

2024/01/21

謎の平安前期

 【書 名】謎の平安前期
 【著 者】榎村寛之
 【発行所】中公新書
 【発行日】2023/12/25
 【ISBN 】978-4-12-102783-72
 【価 格】1000円

平安遷都からの200年は激変の時代で、この後に源氏物語の時代が訪れます。

■平安遷都の理由
軍事・交通面で山城の方が有利だったなどの理由以外に大きかったのが脱聖武の考え方。平城京は元明天皇が造った都で、聖武天皇につながる天皇が即位しますが光仁天皇は聖武天皇の娘婿だったので即位できたと思われていました。桓武天皇は聖武天皇の呪縛から逃れるために遷都したのが大きな理由だったようです。

■交野
785(延暦4)年に交野で中国の皇帝にならい天帝をまつる祭りを行います。深くかかわったのが百済王(くだらのこにきし)氏。白村江の戦の後、日本へ来た百済の王族・善光の子孫になります。新しい王朝が始まったことを印象付けたかったようです。

■伊勢神宮
桓武天皇は皇太子時代に伊勢神宮に参拝しています。聖武系のイメージが強かったので払拭しようと紀作良(きのつくら)に命じ、延暦4年に斎宮に方格街区を造営します。桓武、平城、嵯峨天皇の時代に使われますが、815年~829年まで離宮に移されます。離宮が焼失したので斎宮に移ります。

■たたり
立つ有り-何らかの信号を送ってくることが語源

■官人登用試験
論述試験の問題が「経国集」に残されており、「新羅に対する軍事行動の是非について、戦わずに服属させる方向で意見を述べなさい」という出題があります。藤原仲麻呂が新羅征討が検討された時期の問題です。

■天平
奈良時代は変な亀がみつかると年号を変更し、霊亀、神亀、法亀ができます。天平も甲羅に天や平の字がある亀の出現に由来しています。

■日本の四海
東ー陸奥、北ー佐渡、西ー遠値嘉(おちか・五島列島)、南ー土佐

→ 謎の平安前期

| | コメント (0)

2024/01/06

愛憎の日本史

 【書 名】愛憎の日本史
 【著 者】本郷和人
 【発行所】扶桑社新書
 【発行日】2023/01/01
 【ISBN 】978-4-594-09583-3
 【価 格】880円

■宇佐八幡宮
もともとは宇佐市の土着の神様です。神主集団が機を見るに敏な人々で、聖武天皇が大仏を作る時に手伝ったのが宇佐八幡宮で、東大寺の鎮守として手向山八幡宮が建てられます。道鏡事件でも活躍し、平城京から平安京に遷都した時に裏鬼門に石清水八幡宮が建立されます。伊勢神宮についで朝廷では重んじられました。三番目が賀茂社になります。

■内侍所
天皇に侍る女官で、内侍が所属する内侍所に置かれていたのが八咫鏡です。女性の力で守護できると考えていたようです。八咫鏡は別名が内侍所になります。

→ 愛憎の日本史

| | コメント (0)

長篠合戦

 【書 名】長篠合戦
 【著 者】金子拓
 【発行所】中公新書
 【発行日】2023/12/25
 【ISBN 】978-4-12-102785-6
 【価 格】900円

信長が本願寺に味方する河内を攻めるために出陣したことにあわせ後方支援のために武田勝頼が三河に進軍します。岡崎奉行だった大岡弥四郎が武田勝頼に内通しており岡崎に向けて出陣しますが途中で謀反が発覚し、岡崎攻めを中止にします。方向転換した後、野田城、吉田城を攻めて、ついでに長篠城を攻めますが、思いのほか抵抗されます。家康からの要請に援軍に応じなければ同盟関係が瓦解するところまで追い込まれた信長はしぶしぶ出陣します。

ただ本願寺攻めのために兵力を温存したいため馬防柵を構築し陣城を築きます。また柵から出て戦うなという指令を出します。布陣をみた武田勝頼は勝てると判断しましたが、実際に攻めると湿地で進む道が限られていたため一軍ごとに波状攻撃をかけざるをえず城攻めの形となります。この時に柵から撃つ鉄砲が威力を発揮しました。

■本願寺攻め
天正3年(1575)に本願寺攻めをしますが、その前に千町鼻と呼ばれる淀川の堤を破壊し、田地を水没させました。若江城を拠点に本願寺側の萱振城などを攻撃し三好康長の高屋城を佐久間信盛、柴田勝家が攻めています。信長本体は住吉、天王寺から遠里小野に陣を移します。東にある新堀城(長居公園近くにあった模様)を攻撃して陥落させます。

■奥平家
長篠城を守り抜き開運となりました。225年たった1799年などに長篠開運として祝宴が行われています。

■本田重次
長篠合戦の時に47歳で陣中から妻に送ったのが「一筆申す、火の用心、お仙?さすな、馬肥やせ、かしく」を送ったと言われています。

→ 長篠合戦

| | コメント (0)

古代日本の超技術

 【書 名】古代日本の超技術 新装改訂版
 【著 者】志村史夫
 【発行所】講談社ブルーバックス
 【発行日】2023/12/20
 【ISBN 】978-4-06-534289-3
 【価 格】1100円

■縄文時代にカキの養殖をしていた
東京都北区の中里貝塚で並んだ杭と大量のカキの貝殻が発見されます。現在はカキの養殖がおこなわれたと考えられています。

■翡翠の語源
カワセミの羽毛の色に似ており、雄を翡、雌を翠と呼んだところから

■檜
檜に比べ欅の強度が強いですが曲げ強さは500年後に逆転し圧縮強さも1000年後には逆転します。法隆寺も1300年たっても檜が生きています。

■西岡棟梁
飛鳥時代ー木の性質を見極めて板を作っていきます。やがて鋸や製材機で板を作りだすとダメになり、室町時代から腐りやすくなり修理が必要になります。
法隆寺でも釘を使っていますが釘は木を組んでいく時に仮のささえにすぎません。

→ 古代日本の超技術(新装改訂版)

| | コメント (0)

« 2023年12月 | トップページ | 2024年2月 »