« 2023年3月 | トップページ | 2023年5月 »

2023/04/30

大阪のトリセツ

 【書 名】大阪のトリセツ
 【著 者】昭文社出版メディア出版部
 【発行所】昭文社
 【発行日】2023/02/15
 【ISBN 】978-4-398-14854-4
 【価 格】1500円


■片江駅
近鉄の古い路線をみていると片江駅という名前が今の今里駅で1914年(大正3年)に大阪電気軌道が開通した時の駅名です。その後、今里片江駅になり、1929年(昭和4年)今里駅になります。


■丁未(ていび)の乱
物部守屋と蘇我馬子・聖徳太子とで戦い、戦場は河内国渋川といわれています。大聖勝軍寺には守屋塚などがあり、寺の南にある光蓮寺が守屋軍の砦といわれています。守屋が討たれたのは衣摺(きずり)と言われ、もう少し北にあり光泉寺には守屋の稲城跡の碑が建っています。大聖勝軍寺とは4.5kmも離れています。


決戦前に餌香川(えがのがわ、今の石川)と旧大和川の合流地点で蘇我軍が物部軍の先遣隊を破り、聖徳太子は高井田横穴墓群がある高井田から見ていたといわれています。

| | コメント (0)

2023/04/26

正倉院のしごと

 【書 名】正倉院のしごと
 【著 者】西川明彦
 【発行所】中公新書
 【発行日】2023/3/25
 【ISBN 】978-4-12-102744-3
 【価 格】900円


■正倉院
正倉-役所や寺院の重要なものをおさめる蔵
正倉院-正倉が集まった区域
いくつもの正倉がありました平安時代頃に燃えたり倒壊したりで一棟だけになりましたが、固有名詞として定着しました。


正倉院展-1度展示すると10年間は選ばないという不文律があります


■収蔵品
舶来品は全体の5%ほどで、ほとんどが国産品 胡人の伎楽面もペルシャ風の国産品


藤原仲麻呂(恵美押勝)の乱で400点あまりの武器、武具が持ち出されましたが、ほとんど戻ってきませんでした。他にも持ちだされて却ってきませんでした。


■校倉
湿度が高いと木が膨張し、乾燥すると木に隙間ができて温度調整していると習いましたが、誤りで木材そのものの吸放湿能と宝物をいれる杉製の唐櫃の二重構造により温度が一定になりました。

| | コメント (0)

誤解だらけの関ケ原合戦

 【書 名】誤解だらけの関ケ原合戦
 【著 者】渡邊大門
 【発行所】PHP文庫
 【発行日】2023/4/17
 【ISBN 】978-4-569-90310-1
 【価 格】800円


■石田三成襲撃事件
襲撃ではなく訴訟で政治的な責任をおわせて切腹させるのが目的で家康が仲裁して佐和山城への引退で決着。三成が逃げこんだのも伏見城にあった治部少輔丸。つまり自分の屋敷です。もともと朝鮮出兵で名誉をつぶされたのが原因の一つで、2週間後に最調査によって名誉回復されたため七将も鉾をおさめることになる。


■慶長4年(1599年)
毛利輝元48歳、宇喜田秀家28歳、徳川家康58歳 小早川隆景、前田利家は死去


■大谷吉継
天正13(1585)年 住五位下・刑部少輔なので刑部とも呼ばれる


■石田三成
島左近をかかえたことで有名ですが渡辺勘兵衛をはじめ豊臣秀次の家臣だった若江八人衆、蒲生家から出た蒲生十八将を迎え入れています。


■井伊直政の先陣
先頭全体を仕切っていた井伊直政が福島正則に断りをいれて井伊直政・松平忠吉が先鋒となった模様で抜け駆けはなかった。徳川秀忠が遅れたので松平忠吉に変わったという見方もある。


■玉城
当時の書状に出てこないので関ケ原の合戦との関係性については疑問視されているが、謎の山城

| | コメント (0)

ゼロから学ぶ日本史講義 戦国・江戸篇

 【書 名】ゼロから学ぶ日本史講義 戦国・江戸篇
 【著 者】出口治明
 【発行所】文春文庫
 【発行日】2023/3/10
 【ISBN 】978-4-16-792019-7
 【価 格】850円


■天正遣欧使節
出発してすぐに起きたのが本能寺の変でした。無事にローマ教皇に拝謁しますが一人が体調を崩していたので3人で謁見します。イエスが生まれた時の東方の三博士にあわせ、クアトロ・ラガッティが「東方から3人の少年がやってきた」という形で演出します。日本で布教で30万人の信者ができても、ほんまいかなと本国では思っていました。そこでヴァリニャーノが生きた証拠として使節団を組織します。


■刀狩り
自力救済の禁止を秀吉は考えていました。村に兵と農が混在する状態をあらためて兵農分離します。


■信長のマネーサプライ
1568年 永禄貨幣法 ビタ銭の種類で本銭との交換比率を決定
無文銭でも少しは価値があるとしてキャッシュを増やし貨幣経済を発展させました。また京都で茶道具を買って支払によるマネーサプライの供給をしました。日銀が国債を買って円を供給するようなものです。
また米を通貨の交換手段にすることを禁じて貯米する動きを封じます。信長が兵を宿に泊める時に一人ビタ銭で5文払うと決めています。


日本からベトナムに銅が輸出され銅銭になりました。ベトナムのドンは銅からきています。


1608年 マカオで有馬晴信の朱印船乗組員とポルトガル人とで喧嘩となり、マカオ総督が日本人船員を銃殺する事件が発生。関係回復のために翌年に日本にマカオ総督が来日しますが有馬晴信は長崎に停泊していた船を攻撃。結局、船もろとも自爆してしまいます。有馬晴信は家康から許可を得ていました。ここからポルトガルとの関係が微妙になります。


■江戸の大火
誰が火をつけるか分からないので江戸城内にあった御三家、大名、旗本の屋敷を場外へ移転。北条正房という大目付が測量して地図を作り、武家地、寺社地、町人地に再整理します。広小路などが生まれます。吉原遊郭も移転させ5割増しの2万坪になります。定火消を作り江戸城の北と西に配置。江戸は北西の季節風が吹くため北と西から燃え広がるためです。また町人が火消組合を作り、いろは47組になります。


■元禄文化
都市で生活する人が増え、余裕ができると出版事業が拡がり古典文学が読まれるようになる。書籍目録 1670年3866部→1692年7181部に


■拝借金制度
金欠の大名が幕府にお願いしてお金を貸してもらう制度。地方交付税のようなものでしたが余裕がなくなった幕府は縮小をします。自立するしかなくなり上杉鷹山の藩政改革などがはじまります。田沼意次は幕府ができないことはできないと、行政仕分けを行いました。


■松平定信
父親を太政大臣にしたいと光格天皇がいいだし、筋が通らないと幕府は反対し天皇の秘書官などを処罰します。当時、朝廷で官位をもった人を裁くには朝廷に通告して、朝廷が官位をといてから幕府が処分していました。しかし官位をもった大名は幕府が直接、処分していました。松平定信は筋を重視して持ち出したのが大政委任論。大政を委任されているので公家の処分も含め幕府の好きにできるという理論です。これが出てきたために幕末に慶喜が大政奉還することになります。


■海国図志
アヘンを厳しく取り締まったのが林則徐でアヘンを燃やします。イギリスはアヘン戦争を起こし、林則徐が守っていた広州を避けて、天津から北京を威圧し南京条約を結ばせます。林則徐は洋書を買い集め、これを友人の魏源にお金とともにたくし翻訳して出たのが「海国図志」。ヨーロッパ全体を理解しないと勝てないという思想から生命保険まで紹介されています。これが日本に入り佐久間象山、横井小楠、吉田松陰、西郷隆盛らに影響を与えます。


イギリスは産業革命が起き長時間労働が問題になっていました。清から輸入した紅茶にカリブ海の植民地からもってきた砂糖を山のようにいれて気付け薬として飲ましていました。清への銀の支払いがどんどん増えて貿易赤字になったのでインドのアヘンを密輸出します。これがアヘン戦争の発端ですが、さすがに議会で問題となり、わずか9票差で開戦が決まります。


■江戸時代の裁判
吟味筋ー殺人や強盗事件などの刑事事件
出入筋-民事裁判 
    金公事(借金争い)-内済(和解)
    本公事(土地争い)-和解が難しいので役所で裁くことに 訴状を目安と呼びます
    幕府や江戸在住の領主に訴える場合は幕府公認の公事宿に
    公事師の筆耕料は米1.5kgほど 百姓が気安く依頼できる金額


■ペリー来航
ヨーロッパでクリミア戦争が起き列強の目がアジアからはなれていた時にペリーが浦賀に来航。阿部正弘が日米和親条約への道筋をつけ、日本にとっては幸運な幕開けになりました。

| | コメント (0)

2023/04/21

税務署はやっぱり見ている

 【書 名】税務署はやっぱり見ている
 【著 者】飯田真弓
 【発行所】日本経済新聞出版
 【発行日】2023/03/17
 【ISBN 】978-4-296-11722-2
 【価 格】1400円


■確定申告の還付
還付されても申告内容が認められたとは限らない


■質問検査権
調査に行く時は質問検査証を携行-調査官はあらゆる機関に調査の協力を要請する権限がある
反面調査-取引先へ調査


■お土産
税務調査にきたら、土産(軽い修正申告)を用意して帰ってもらえー単なる都市伝説
何もなければ「申告是認」となって終わり


■税務署の事務年度
7月1日~6月30日 定期異動は7月で1/3ほど入れ替わる
7月~12月 ナナジュウニ
1月~3月 カクシンマエ(確定申告までの期間)、カクシンキ(期間中)
4月~6月 ヨンロク
税務調査の中心はナナジュウニとヨンロク


2016年 法人実調率3.2%(30年に1回) 個人実調率1.1%(100年に1回)

| | コメント (0)

税務署はやっぱり見ている

 【書 名】税務署はやっぱり見ている
 【著 者】飯田真弓
 【発行所】日本経済新聞出版
 【発行日】2023/03/17
 【ISBN 】978-4-296-11722-2
 【価 格】1400円


■確定申告の還付
還付されても申告内容が認められたとは限らない


■質問検査権
調査に行く時は質問検査証を携行-調査官はあらゆる機関に調査の協力を要請する権限がある
反面調査-取引先へ調査


■お土産
税務調査にきたら、土産(軽い修正申告)を用意して帰ってもらえー単なる都市伝説
何もなければ「申告是認」となって終わり


■税務署の事務年度
7月1日~6月30日 定期異動は7月で1/3ほど入れ替わる
7月~12月 ナナジュウニ
1月~3月 カクシンマエ(確定申告までの期間)、カクシンキ(期間中)
4月~6月 ヨンロク
税務調査の中心はナナジュウニとヨンロク


2016年 法人実調率3.2%(30年に1回) 個人実調率1.1%(100年に1回)

| | コメント (0)

鎌倉幕府の真実

 【書 名】鎌倉幕府の真実
 【著 者】本郷和人
 【発行所】産経新聞出版
 【発行日】2023/03/25
 【ISBN 】978-4-8191-1422-6
 【価 格】900円


■大江広元
波多野義通ー源義朝が関東に下向した時にもてなした人物、義朝は妹との間に朝長(頼朝の兄)が生まれる
大友経家-義通の弟で本貫が足柄上郡大友郷。娘の婿が下級官人の中原親能で頼朝が呼び寄せて鎌倉幕府の文官に任官。弟(義弟?)を推薦しますが、この人物が大江広元。


■伊賀氏
北条義時の後妻が伊賀の局。義時が義父の朝光を伊賀の国司に推薦したため伊賀と呼ばれるようになったもの
頼朝は伊賀に大内惟義(平賀朝雅の兄 信濃源氏)を送り込み平賀の名跡は朝雅につがせ、大内荘を獲得して大内と名乗るのようになる。平賀朝雅は伊賀の知行国主になります。


国司は4人いて守(かみ)、介(すけ)、じょう、目(さかん)の順になる。


■男衾三郎絵詞
ワルのモデルは畠山重忠で梶原景時がよく描かれています。義経記ですっかり悪者になっている梶原景時ですが実態は文武両道の武人で、梶原景時が討たれた時に城氏が幕府打倒の兵をあげて鎮圧されています。城氏は木曽義仲と戦って敗北し落魄していたところを景時のとりなしで御家人に列してもらえました。城氏の妹の板額御前が女武者として奮戦しています。奥州藤原氏の生き残り藤原高衡を景時が庇護していましたなど、なかなかの人物でした。

| | コメント (0)

2023/04/15

西成で生きる

 【書 名】西成で生きる
 【著 者】花田庚彦
 【発行所】彩図社
 【発行日】2023/04/12
 【ISBN 】978-4-8013-0657-8
 【価 格】720円


■行旅人
国保などをもっておらず緊急搬送されると倒れた場所の自治体が面倒をみるのが基本。行旅病人と呼ばれる。


■MRI
タトゥーを入れていると鉄分が含まれているのでMRIの磁力で熱があがりヤケドが発生する可能性があるため、MRIが使えない


■キリスト教
牧師ープロテスタント
神父ーカトリック

| | コメント (0)

教養としての「戦国時代」

 【書 名】教養としての「戦国時代」
 【著 者】小和田哲男
 【発行所】PHP新書
 【発行日】2023/03/29
 【ISBN 】978-4-569-85438-0
 【価 格】1000円


■北条氏康の税制改革
天文19年(1550) 段銭、懸銭、棟別銭の3つに整理統合
目安箱の設置 役人・代官が不正を働いたら領民は直接、北条氏に訴えよ


■秀吉の危機管理能力
あらゆる事態を想定していたようで、備中高松城攻めでは城攻めと同時に講和交渉も行い二面作戦をとっていた。選択肢を多く用意することで本能寺の変が起きた時に講和をまとめて大返しができた。


■川中島の戦い
激戦となった第4次は上杉謙信が先手をうった可能性が高い。前年に桶狭間の合戦があり今川義元が討死したため甲相駿三国同盟を瓦解させるチャンスととらえたための模様


■長篠の合戦
高天神城の攻防戦では信長軍が遅れ落城したこともあり、家康は援軍が来ないと武田に寝返って尾張を攻めると使者に言って信長を促した話が残っています。信長は兵を失う可能性を減らすために陣地を築いて馬防柵をたて負けぬ戦をしようとして、勝頼は撤退すると考えていたようです。

| | コメント (0)

2023/04/10

徳川家康の最新研究

 【書 名】徳川家康の最新研究
 【著 者】黒田基樹
 【発行所】朝日新聞出版
 【発行日】2023/03/30
 【ISBN 】978-4-02-295209-7
 【価 格】850円


■判始め
公文書の発給を開始するための儀式 判始めをすることで社会人としての保証能力を示す花押を持つことになる
弘治三年(1557年)に家康が花押を押した文章を出し、岡崎領統治を開始


■家康の強運
三河一向一揆  遠州で反乱がおこったため今川は三河に手出しできなかった
三方ヶ原の戦い  信玄の病死
小牧長久手の戦い 天正地震で秀吉の進軍がなくなる


■信長との同盟
最初は停戦和睦だったが信康と五徳の婚約によって軍事同盟となり、三河へ援軍がくるようになる


■朝日との結婚
前夫がいて無理やり離縁させて家康の正妻にしたと言われているが、何らかの理由で離縁して秀吉のもとにいたのが事実の模様
秀忠と小姫(秀吉の養女)との婚姻がきまり、秀忠には関東に3ケ国を与え親類大名として取り立てる予定でした。家康に与えた関東7ケ国には、この部分も含まれていた模様
ただ小姫が7歳で亡くなったので後に秀吉の養女として江と結婚


■北条攻め
名胡桃城を北条方の沼田城主が奪い取ったと言われいるが実際は名胡桃城で内紛があって、北条方は要請されて出兵しただけだが秀吉は他領への軍事行動を許さず、北条攻めになる。

| | コメント (0)

2023/04/08

教養としての日本の城

 【書 名】教養としての日本の城
 【著 者】香原斗志
 【発行所】平凡社新書
 【発行日】2023/02/15
 【ISBN 】978-4-582-86023-8
 【価 格】920円


■北条攻め
開城した北条氏直は城を出て滝川勝利の陣所へ行き、自分の命と引き換えに城兵の赦免を願い出る。「


■廃城令 明治6年(1873年)
193の城と127の陣屋があったが56だけが残ることになる。


■聚楽第
二条城ー方位磁石を使ったため時計まわりに3度ずれている
聚楽第もずれており、外郭北辺がそっていた元誓願寺通りが傾いている。秀吉も方位磁石を使っていた可能性がある。


■リサイクル
彦根城天守閣は大津城からの移築で天秤櫓は長浜城大手門を移築したもの、太鼓櫓や西の丸三重櫓もどこかの城から移築したものである。


■城割
戦国時代、城を乗っとった勝者が怨念封じのために城を割ることが行われた。


■武家諸法度
櫓などを再建する時に様式変更がなく、古いままに再建された


■五稜郭
安政2年(1855年)函館に入港したフランス軍艦コンスタンティーン号がパリ郊外の台場の書類を写してもよいと申し出があり五稜郭を設計

| | コメント (0)

官邸官僚が本音で語る権力の使い方

 【書 名】官邸官僚が本音で語る権力の使い方
 【著 者】兼原信克、佐々木豊成、曽我豪、髙見澤將林
 【発行所】新潮新書
 【発行日】2023/03/20
 【ISBN 】978-4-10-610989-8
 【価 格】860円


■総理の評価
みんなが忘れて50年後に学者が本を書き始めた頃に決まる。批判を受けても信じるところを貫くのが総理。


■震災復興
東京の官邸、県庁、市役所では体感が違い、熊本地震では屋内避難の指示で、かなりもめることに官邸で切り替えて熊本の出向経験があって人脈と土地勘をもつ官僚を現地に派遣してサポート。
国民は権力に介入されることをいやがるが、有事には権力にすがるのが常。その時にしっかりしていないと「ダメおやじ」と認定されて権力は維持できなくなる。


警察、自衛隊、消防署、海保などは武勲争いがあり、一番槍争いでもめることがありイスラエルでは最初に現場に着いたところが指揮をとると決めています。


■厚生労働省
民主党政権時代に新型インフルエンザのワクチン問題で若い技官が逮捕された時、政治家も高級官僚も誰も責任をとらなかったため、言うことをきかない組織へとなった。薬事系の部署は150%安全でないと薬を許可しないことになる。


■通商交渉
ホテルの料金が高いので日本の交渉団は郊外の安いホテルに泊まったため、正式な会議後に幹部の部屋やレストランで行われるオフ会に参加できず孤立することがあった。今は財務大臣の承認を得てホテル負けしないようになっています。また省ごとにいうことが違ってバラバラだったところを各個撃破されたところを指揮命令系統を一本化します。成果がでたのがTPPでオバマ政権が放りだしたのを、まとめあげました。メガ自由貿易協定4つのうちの3つが日本絡みになっている。


■インテリジェンス
トップはスパイマスターと呼ばれ高位で元首に近いが日本は「お庭番」で座敷にあがれない仕事からスタート。

| | コメント (0)

2023/04/01

筆談ホステス 67の愛言葉

 【書 名】筆談ホステス 67の愛言葉
 【著 者】斉藤理恵
 【発行所】光文社
 【発行日】2009/09/25
 【ISBN 】978-4-334-97588-3
 【価 格】933円


難題の無い人生は「無難」な人生 難題の有る人生は「有難い」人生


チャンスは貯蓄できない アサヒビール・樋口社長の言葉


小さいことを積み重ねることが とんでもないところへ行く ただひとつの道 イチローの言葉


弓は使う時にはひきしぼるが 使わぬ時には緩めておくもの ヘロドトス「歴史」


鳥のように自由に空を飛びたいなんていうのは勝手だけど
鳥が飛ぶためには何万回翼を動かしているか、よく見てごらん ビートたけし


NO☆WHERE   NOW☆HERE


社長なんて偉くも何ともない課長、部長、包丁、盲腸と同じだ。
要するに命令系統をはっきりさせる記号に過ぎない。  本田宗一郎


嘘をついた途端に良い記憶力が必要になる ピエール・コルネイユ(フランスの劇作家)

| | コメント (0)

司馬さんを語る

 【書 名】司馬さんを語る
 【著 者】司馬遼太郎記念財団
 【発行所】文春文庫
 【発行日】2023/02/10
 【ISBN 】978-4-16-792003-6
 【価 格】820円


■オーストラリアの大学
教授が退官になると助教授が昇格せず、新聞を通じての公募になる。選考の過程が公開されていて最終選考で2人残り、甲乙つけがたい時、1人が女性なら、そちらを採用するシステムになっています。


■憲法
コンスティチューション(英語)ー物事の本質、構造などの普通名詞で日本人が受け取るイメージと異なっており、憲法という言葉ではなく「この国のかたち」にしてみては


■人体
1年の間に95%の成分が入れ替わっている。物でできているように見えて物そのものではない。


■十津川街道
護良親王が逃げ、義経が逃げた道でもあります。秀吉の甥だった豊臣秀保が不審死した不思議な場所です。


■スティーブン・トロク
「竜馬がゆく」のモデル。ハンガリー出身の京都大学・大学院生。ハンガリーを亡命したトロクに、土佐藩を脱藩した坂本龍馬を重ね合わせて作品を作りました。「街道をゆく」でハンガリーには訪れてみたかったそうです。


■武士道
日露戦争でロシア海軍のマカロフ提督が戦艦の爆沈とともに亡くなった時、日比谷で白提灯の追悼式が行われました。日露戦争の死者が佐渡島などに流れ着いた時、祠を作って法要しています。ロシア大使が赴任すると隠岐島や佐渡島に挨拶に行きます。太平洋戦争でもルーズベルト大統領が亡くなった時に鈴木貫太郎首相は追悼の電文を送っています。アメリカに亡命していたトーマス・マンは「敵国に対して弔意をはらう日本に比べ、わがドイツのヒトラーはそんな気はないだろう」と称賛しました。


■震災対策
避難所から仮設住宅へ移る時に、くじ引きして行いました。地域のコミュニティ毎に移さなかったため、コミュニティが解体されてしまいました。くじ引きが平等でよいというのは責任をとらないための言い訳でした。


■情報
中曽根首相時代、マルコス政権が倒れた時、拓殖大学の先生が英字新聞の切り抜きを送ってくれたのが第一報。原因の一つが戦後、「私」のための学問しかしてこなかったこと、国家統治をどうしたらよいか、国民をどう救ったらよいかという学問はなく、新聞記者になるための新聞学科や医者になるための医学部しかない。


■淀君
何度も仕事が落ち、家族がバラバラになる経験ばかり、最後ばかりは秀頼を出陣させず息子と一緒に死ぬことを選択したと考えると分かりやすい。

| | コメント (0)

« 2023年3月 | トップページ | 2023年5月 »