« 2022年6月 | トップページ | 2022年8月 »

2022/07/31

ねてもさめても とくし丸 移動スーパーここにあり

 【書 名】ねてもさめても とくし丸 移動スーパーここにあり
 【著 者】水口美穂
 【発行所】西日本出版社
 【発行日】2017/4/27
 【ISBN 】978-4-9084443-15-2
 【価 格】1300円


買物難民の地域をまわる「とくし丸」。個人事業としてスーパーから商品を預かる形で地域をまわって販売します。スタートするには車の購入が必要で350万円ほど。


売上をスーパーに報告して入金し、月末に締めて売上の17%が販売パートナーの収入になります。他に全商品に+10円されていて5円がスーパーに5円が販売パートナーに入ります。この5円代がちょうどガソリン代になります。


開業当初の売上が販売数200点、日販6万円とすると+10円を引いた金額の17%である9,860円と+10円(2000円)の半額が販売パートナーの収入で合計で10,860円になります。


とくし丸本社とスーパーとの間は定額制で1台につき毎月3万円がロイヤリティです。売上があがればスーパーと販売パートナーが儲かる仕組みになっています。

| | コメント (0)

2022/07/30

お金の流れで見る明治維新

 【書 名】お金の流れで見る明治維新
 【著 者】大村大次郎
 【発行所】PHP文庫
 【発行日】2022/4/18
 【ISBN 】978-4-569-90203-6
 【価 格】760円


■参勤交代の中止
黒船来航で沿岸警備をしなければならないが各藩とも財政悪化しており、1862年に参勤交代を3年に1度にし藩主の妻子も国元に帰すことにしました。諸藩も藩士たちの消費が消えたため江戸の景気が急激に悪化します。


■撫育局
長州藩が設けた班内の産業振興をする機関で藩会計とは別にします。もともとは宝暦検地での増分が元になっています。別会計なので藩の会計が赤字になっても補填などには使われませんでした。幕末に船や武器を買い込むことができました。


■坂本龍馬の下関商社構想
長州征伐の前に幕府が長州藩の大坂にあった蔵や商船などから18万俵を没収してので長州藩が関門海峡を通る幕府の船から同等の米を没収する噂が流れていました。藤岡屋日記にも長州藩が没収し、没収された領民に一升200文の破格値で売られたと記録されています。坂本龍馬は下関を通る船から通行料をとろうと考えていましたが瀬戸内海の廻船業者からの反対で立ち消えになったようです。


■金がなかった新政府
大政奉還されて驚いたのが朝廷のようで持ち金もないのに政権運営はできません。そこで幕府に献金を申し出ますが、朝廷に不満がある幕府が献金するわけがありません。ところが孝明天皇の一周年祭りもできないと聞いた徳川慶喜は5万両の献金をします。朝廷派と幕府擁護派が対立していた時期なので献金は公表されませんでした。


金がないのは幕府も同じで大坂での在留経費が1日7000~8000両かかっており、老中の板倉勝静に側近だった神戸謙次郎が報告しています。徳川慶喜の耳に入っていたはずで大坂城を脱出して江戸に戻ったのは財政的な理由も多かったです。


■官軍
金がないので進軍する沿道の諸藩が兵糧を一時的に負担し、朝廷が後日返済することになります。この兵糧を負担するかどうかで官軍か朝敵か判断しました。また1万石あたりに300両を上納させ、金を出さなかった藩は朝敵とみなされました。


江戸は無血開城しましたが金がない官軍は江戸にすぐ入れませんでした。三井、小野、島田から軍資金を調達でき、ようやく江戸城に入城できました。


■贋金作り
各藩で偽二分金作りが行われましたが含有量によって番付が作られました。よい順で筑前、加賀、佐土原、宇和島、薩摩、安芸、郡山、土佐、三原となります。


■農地解放
明治維新によって侍は地位を失います。一番、得をしたのが農民で明治6年に改正地券と呼ばれる農地の権利書が発行され、藩のものだった農地が自分のものになり移動の自由、職業の自由も与えられます。

| | コメント (0)

2022/07/27

平成古書奇談

 【書 名】平成古書奇談
 【著 者】横田順彌
 【発行所】ちくま文庫
 【発行日】2022/7/10
 【ISBN 】978-4-480-43823-2
 【価 格】900円


ハチャハチャSFで有名な横田順彌が作者で懐かしい名前だなと手に取りました。2000年~2002年に文芸ポストに掲載されたものをまとめたものですが、古書店・野沢書店を中心にいろいろな事件が起きます。明治SFなどもよく研究されていて本を出されていましたから、古書店の裏話などはお手の物ですね。

| | コメント (0)

2022/07/25

増補 本屋になりたい この島の本を売る

 【書 名】増補 本屋になりたい この島の本を売る
 【著 者】宇田智子
 【発行所】ちくま文庫
 【発行日】2022/7/10
 【ISBN 】978-4-480-43829-4
 【価 格】760円


ジュンク堂那覇店に勤務していたところ第一牧市公設市場の目の前にある古本屋を引き継ぐ話になり、ウララ書店をオープン。沖縄本などを中心とした品揃えで、そういえば市場へ行った時に古本屋があると入った記憶があります。そうか、あのお店だったんですね。本に書いてある通り小さなお店でした。


■町でお金をまわす
自分で店をはじめると、買い物する場所がスーパーやチェーン店から、できるだけ近所のお店で買うようになります。商売をする苦労を知っているので、目の前で商品が売れる喜びがよくわかるからです。


■沖縄の本
県外で出版された本が入るのは4日遅れということや沖縄の例えばお墓のしきたりが本土と違うということで沖縄には出版社がいくつかあります。こういった本は現地でしかなかなか手に入りません。

| | コメント (0)

2022/07/23

おもしろ雑学 日本の歴史地図

 【書 名】おもしろ雑学 日本の歴史地図
 【著 者】ライフサイエンス
 【発行所】知的生きかた文庫
 【発行日】2022/6/5
 【ISBN 】978-4-8379-8722-2
 【価 格】720円


■上総、下総
都を中心に国名をつけるため南側が上総になりました。京都から東国へ行く場合、海路が中心でヤマトタケルも相模国の走水から船で房総半島にわたっています。千葉県南部の方が北部よりも都に近く上総となりました。


■鈴木
ニギハヤヒの子孫であるチオクナノミコト(千翁命)は熊野から大和を目指す神武天皇に千束の稲を献上します。これで穂積(稲の穂を積む稲むら)の姓をもらいます。熊野では稲むらの中心に立てる一本の棒を聖木(すすき)と言い、これが転じて鈴木になったようです。熊野の藤白神社が鈴木の故郷になります。


■茅沼鉄道
北海道の泊村茅沼で1869年に開通した牛がひく鉄道。新橋ー横浜の3年前でした。石炭を積みだすための鉄道です。

| | コメント (0)

大阪キタと中之島 歴史の現場読み歩き。

 【書 名】大阪キタと中之島 歴史の現場読み歩き。
 【著 者】松井宏員
 【発行所】株式会社140B
 【発行日】2022/6/23
 【ISBN 】978-4-903993-46-1
 【価 格】1800円


毎日新聞大阪府内版に連載している「わが町にも歴史ありー知られざる大阪」を元にした本です。


■大阪天満宮
星合の池ー明治の中頃に亀を売る店があり、池に放して慈悲の実践をしました。この亀が夜になると店に戻ってくるので仕入れはなし、伝書亀になっていました。


北森町ー摂社の大将軍社は天満宮より300年も古い創建で明星池近くにあり、このあたりが北の森と呼ばれていました。大坂夏の陣を避けるために天満宮が吹田に疎開してから戻り、大将軍社も天満宮境内に移り、北の森もなくなり、南森町だけが残りました。


■太融寺
大坂夏の陣で自刃した淀君は鴫野神社に祀られましたが、明治10年に城東練兵場を作る時に移転にあたって太融寺に移されます。四天王寺が候補にもなりましたが家康本陣に近いから淀君も嫌がるだろうと太融寺に移ったそうです。鴫野神社は生國魂神社に引っ越しています。別の説では鴫野神社移転によって社の下を掘ると人骨が出てきたので淀君の骨だと太融寺に移されたとありますが供養塔ですし、そもそも大坂城は燃えて骨も分からなくなっています。


■淀屋
大名の借金が1億両になり恐れた幕府が淀屋に難癖をつけてつぶした説もあります。淀屋は事前に鳥取県倉吉市に疎開していました。淀屋4代目が番頭に「牧田淀屋」の名前で倉吉で開業させていました。牧田3代目の時に北浜に木綿問屋「淀屋清兵衛」を開いて淀屋を復活させました。幕末には大坂と倉吉の店をたたんで財産の9割を倒幕資金に献じました。


■大朝、大毎
速報は号外しかなかった時代。石炭をたいて輪転機をまわしていたため号外の準備が始まると煙が出ます。大毎と大朝は近いので朝日から煙が出ると毎日では大騒ぎになりました。


■堂島
河村瑞賢が堂島川の改修をしましたが改修で出た土砂を堂島に盛って宅地造成。5つの橋をかけて交通の便をよくして造成した土地を売り、改修費用をまかなおうとしました。

| | コメント (0)

2022/07/19

あしたから出版社

 【書 名】あしたから出版社
 【著 者】島田潤一郎
 【発行所】筑摩書房
 【発行日】2022/6/10
 【ISBN 】978-4-480-43822-5
 【価 格】880円


2014年、晶文社から出た本を加筆修正して文庫化した一冊です。


■本屋とは
ある書店員の言葉、「子供がぶらっと入ってきて、ぶらっと出られる店はコンビニと本屋しかない」
夏葉社の特徴は全国の書店を巡り把握していること。あの書店なら何冊と見積もって出版しています。


■取次
日販、東販、大阪屋、鈴木書店などが有名ですがJRC(人文・社会科学書流通センター)という取次が神保町にあります。


■古書・善行堂
白川通今出川近くに古書店ができていたんですね。昔は百万遍から白川通りにかけて、ずっと古本屋さんがあり、買った本をよく駸々堂で読んでいました。


■昔日の客
山王書房の店主だった関口良雄の「昔日の客」が復刊された話は聞いていたんですが、夏葉社の2冊目の本で、渋い所に目を付けますね。


■スマホの影響
スマホの影響でガムが売れなくなったーガムは本質的に嗜好品ではないー時間を持て余すことがなくなると売れなくなる


■Bookland
夏葉社の本が並ぶ奈良県の本屋。2012年10月31日、10年間の営業を終了したんですね。

| | コメント (0)

2022/07/15

萩尾望都がいる

 【書 名】萩尾望都がいる
 【著 者】長山靖生
 【発行所】光文社新書
 【発行日】2022/7/30
 【ISBN 】978-4-334-04620-0
 【価 格】980円


「百億の昼と千億の夜」連載開始前に原作者の光瀬龍に承諾前にカラーの阿修羅像を贈っています。1984年刊の豪華本コミック「百億の昼と千億の夜」の口絵でも使われています。この絵には望都という落款が入っていて、原画に落款が入っているのは、これ1枚だけのようです。


1975年には「11人いる!」を発表。宇宙船「白号」が恒星に引き寄せられて危険になったため居住区の一部を爆破した推進力で逃れるシーンが出てきますが、萩尾望都は白号の軌道計算をきちんと数学的に行っていたものです。


「ハワードさんの新聞広告」(1974年)の原作は友人のイケダイクミで表紙には自分の名前より大きくイケダイクミの名前をクレジットしました。

| | コメント (0)

お金で読む日本史

 【書 名】お金で読む日本史
 【著 者】本郷和人 監修
 【発行所】祥伝社新書
 【発行日】2022/7/10
 【ISBN 】978-4-396-11658-3
 【価 格】900円


BSフジ「この歴史、おいくら?」という番組でよみとくお金の話をまとめた一冊です。


■鎌倉
頼朝が鎌倉入りした時に北から入るには亀ケ谷坂切通ししかありませんでした。武具をつけていると二人並ぶのがやっとという道幅。5万で入った記録がありますが人との間を1mとすると全長25kmとなりました。


馬の値段ー熊谷直実が手に入れた権太栗毛は上品絹200疋で約4000万円。武蔵国の上馬の相場は200万円ほどでした。


■武田信玄
山本勘助
築城術にたけた勘助の噂を聞いた武田信玄は知行100貫目で雇おうとします。対面すると外見がひどいのに、名がしられるとはよほどの人物と200貫目で雇います。1貫目を10万円とすると年俸2000万円になります。


碁石金
戦の褒美として渡しましたが身分の高い家臣には刀や家紋入りの着物を褒美として渡しました。もらうと戦で着飾ったり自慢するので見たものは羨ましく活躍します。お金をもらった方は隠しますので効果がありません。


甲州金
日本で最初の金貨で金4匁を1両、1/4を1分、1分の1/4を1朱、1朱の1/4を1糸目とし江戸時代に引き継がれました。「金に糸目をつけない」はここから生まれました。一分金の刻印が和太鼓に似ていたことから「太鼓判を押す」もここからです。


銃の価格
第二次川中島の戦いで300挺の鉄砲を用意しました。約3億円になります。


西上作戦
信玄は本気だったようで未亡人や妻帯した僧侶にまで課税をし7000両(10億5千万)を集めていました。信長攻めに本気だったようです。


■忠臣蔵
浅野内匠頭は一関藩の田村建顕の屋敷に預けられますが切腹の沙汰が届き、屋敷内に切腹場所をもうけたところ大目付の庄田安利に庭先にしろと言われ庭先でせっぷくさせましたが親戚から縁を切るとか場内でも散々に言われたそうです。


ちくま味噌
討ち入りに成功した赤穂浪士が一服したお店で永代橋のたもとにあります。初代の竹口作兵衛松方が大高源吾の俳諧仲間でした。記録では甘酒をふるまったとありますが実際は酒だったようで幕府に聞こえるとまずいので甘酒と伝えたようです。


■徳川
吉宗-武士の給与である米相場の維持に苦労しました。死後、米相場の動向をびっしり記した用紙が見つかったそうです。


ペリー艦隊の接待 アメリカ人300人、日本人200人の料理を請け負ったのが日本橋の百川で一人あたりの予算は30万円でした


■河井継之助
兵制改革ー藩士の禄高の平準化 20石→50石 2000石→500石にしましたが高録の藩士にとっては軍役が大幅に削除されるため実収入にそれほど差は出ませんでした
ガトリング砲ー日本の3挺しかないうちの2挺を購入
戦争の機運で暴落していた江戸で米を買い占め、長岡へ戻る途中で函館で売ります。江戸と長岡で銭の相場が違っていたので差額を使って軍資金を1万両(10億円)ほど増やします。
外山寅太ー長岡から逃走する河井継之助に従っていた青年で、これからは商人になれと言われて福沢諭吉への推薦状をもらいます。アサヒビール、阪神電車の設立にかかわります


■勝海舟
軍艦奉行として大坂にいた勝海舟をたずねてきたのが西郷隆盛です。お互いに知っていたんですね。江戸の無血開城前に勝海舟は町火消しの新門辰五郎と子分300人を使って江戸焦土作戦も計画していました。ブラフだったようですがイギリス公使パークスが勝海舟との会談日に西郷隆盛に教順した徳川家を滅ぼすのは国際法上認められないと書簡を送っています。

| | コメント (0)

日本史の有名人たち、その後どうなった

 【書 名】日本史の有名人たち、その後どうなった
 【著 者】山本博文 監修
 【発行所】知的生きかた文庫
 【発行日】2022/7/5
 【ISBN 】978-4-8379-8782-6
 【価 格】720円


■後北条家
秀吉の小田原攻めで滅んだ後北条家ですが、北条氏規(北条氏政の弟)に1万石が与えられ大阪の狭山で復活します。仲介したのは家康のようで氏規とは今川時代に人質仲間でした。外様大名には容赦なかった徳川家でしたが後北条家には存続が危ぶまれても存続を認めています。後北条の旧臣が徳川家に出仕していたことも大きかったようです。


■淡海三船
漢風諡号をつけたことで有名ですが葛野王(大友皇子の第一皇子)の孫で臣籍降下して751年に淡海真人姓となりました。


■鴻池
山中鹿之助の子供である新六幸元は山中家の本家である黒田城の養子に入っていたが、黒田城が秀吉に堕とされると大叔父の山中信直を頼って伊丹近くの鴻池村へ。武士をやめて商人となり芳醇な清酒を作ることに成功して江戸へ出したところ大ヒット。製造を七男にまかせて自身は大坂へ出て九条島に物流拠点を作り海運業に乗り出します。金融業などに多角化していきます。


■きょうの料理
琉球国の尚泰王が東京へ移り、廃藩置県によって琉球国がなくなります。尚泰王の6男尚光と結婚したのが3代琉球王である尚真王の後裔で生まれた道子が料理研究家となり「きょうの料理」の講師を務め、タコウインナーを考案します。

| | コメント (0)

新版 大化改新

 【書 名】新版 大化改新
 【著 者】遠山 美都男
 【発行所】中公新書
 【発行日】2022/5/25
 【ISBN 】978-4-12-102699-6
 【価 格】960円


■藤原不比等
蘇我連子(むらじこ)の娘である蘇我娼子(しょうし)と不比等が結婚し、武智麻呂が生まれます。これで蘇我氏につながる血脈となり天皇家の外戚をつとめる一族となります。葛城氏→蘇我氏→藤原氏とつながります。


760(天平宝子4)年に不比等は太公望にならって近江国12郡を追贈され淡海公と称されます。武智麻呂、仲麻呂が近江国司として活躍したことが評価されたようです。


■平岡連
河内国讃良郡枚岡郷で津速魂命の14世孫、鯛身臣の後裔


■難波吉士(きし)
本拠地は日下郷で大彦命を祖にします


■蘇我倉山田石川麻呂
蝦夷の異母兄弟で入鹿の叔父にあたる人物だったようです。本拠地は河内国石川地域にあった山田で、飛鳥の山田寺は石川の山田に由来しています。


■大化の改新の真相とは?
中大兄皇子の諱は葛城で、葛城の手で養育された模様


皇極天皇
・舒明天皇の皇子だった古人大兄を即位させるため山背大兄の殺害を入鹿に命じる
・背には用明天皇の血統を滅ぼすため
・蝦夷から大臣を受け継いだばかりの入鹿としては実行せざるをえない
・入鹿が斑鳩寺を焼かなかったため山背大兄が生駒に逃れていた時に、大兄につくか皇極につくか、どっちつかずの状態となり蝦夷がこの焼かなかった行動を怒る
・軽皇子、中大兄王子の嘆願を聞き入れ蘇我を裏切ることを決意


軽王子
・皇極天皇と同じ世代なので古人大兄が即位すると自分が即位する目がない
・古人大兄が即位すると、その子孫に皇統がつがれるかもと中大兄を説得して味方に


船恵尺
・厩戸皇子と蘇我馬子が編纂していた「天皇記」、「国記」の前に「帝皇日継」、「先代旧辞」が編纂されており、実は「天皇記」などの編纂は舒明天皇以降で蘇我蝦夷が行っていたため、乙巳の変では編纂に関わっていた船恵史が「国記」を持ち出して中大兄皇子に献じたのでは


中心になっていたのは軽王子と蘇我倉山田石川麻呂で古人大兄が報告した「韓人、鞍作臣を殺しつ」の韓人とは蘇我倉山田石川麻呂をさす
中大兄は入鹿暗殺の実行部隊で軍事拠点となる入鹿の斑鳩寺の失敗からいちはやく飛鳥寺をおさえ、蘇我と古人大兄との連絡を絶つ。
古人大兄は蘇我入鹿が殺された翌日に飛鳥寺で出家し、甘樫丘で見ていた蝦夷が抵抗をあきらめ自滅へ


■評へ
部、屯倉を廃止ー豪族の世襲職が廃止へ 位階を明らかにして官僚制へ
評ー50戸制で統合し律令国家の「国-郡ー里」の元ととなる

| | コメント (0)

2022/07/09

ゼロからわかる量子コンピュータ

 【書 名】ゼロからわかる量子コンピュータ
 【著 者】小林雅一
 【発行所】講談社現代新書
 【発行日】2022/6/20
 【ISBN 】978-4-06-528299-1
 【価 格】840円


■超伝導量子ビット 1999年
NECの中村氏らが先鞭をつけた技術。アルミニウムが絶対零度ちかくで超伝導になり、2個の電子が対になったクーパー対が壁をはさんで同時に2つの場所に存在する量子重ね合わせ、つまり量子ビットが成り立ちます。普通のビットは「0」か「1」かですが、量子ビットは同時に「0」と「1」の2つの状態をとりえます。3個の量子ビットがあれば8つの状態を同時にとりえます。


シュレディンガーの猫ー生きていると同時に死んでもいる と同じです


■グローバーのアルゴリズム 1996年
データベース検索用の量子アルゴリズム 電話番号をもとに電話帳から氏名を検索するようなことができる
300以上の量子アルゴリズムが研究所から出ています


量子コンピュータを実現するにはパリティビットのような誤り補正が必要です。量子閾値定理を組み合わせて量子コンピュータ自身が計算の誤りを修正して計算精度を実用化レベルまで引き上げられることが理論的に証明されました。

| | コメント (0)

2022/07/02

面白すぎる日本史の授業

 【書 名】面白すぎる日本史の授業
 【著 者】河合敦、房野史典
 【発行所】あさ出版
 【発行日】2022/2/26
 【ISBN 】978-4-86667-366-0
 【価 格】1500円


庭訓往来のように往来物形式でできています。


■関ケ原の合戦
よくわかっていませんが、小早川秀秋は開戦と同時に裏切っているのは確かなようです。裏切った小早川に対抗するために大垣城にいた石田三成、宇喜多秀家、小西行長、島津義弘が山中に移動したようです。


勝利した家康は恩賞を与えますが、これが口約束だけ。豊臣秀頼が主君でしたので書類を出したくても出せなかったのが本質のようです。


■銀の道
清は銀銭と銅銭を使い、主要通貨は銅銭でしたが原料の6~8割が日本からの輸入でした。代わりに生糸を輸入していました。対馬の宗氏が釜山に倭館という貿易センターを作り対馬藩の役人が500人ほど常駐して朝鮮から生糸を輸入していました。日本の銀は朝鮮から清が買っており絹と銀の道が京都ー釜山ー漢城ー北京を通っていました。
元禄以降、金銀の産出量が減ってきたため田沼意次は俵物(干した海産物)や銅を輸出して金銀を輸入するようにしました。また貨幣制度の一本化も考えていました。東日本は計数貨幣(両、分、朱)でしたが西日本では秤量貨幣(銀を秤ではかる)でした。そこで南鐐二朱銀を流通させ金を中心とする貨幣経済への一本化をはかります。


■生類憐みの令
実際に処罰されたのは69件で、うち死刑は13件。蚊をつぶしただけで島流しになったなどは後世のフェークニュースでした。


■坂本龍馬
慶応2年(1866)薩摩藩の五代才助、長州藩の広沢兵助と一緒に馬関に合弁会社を作り関門海峡を通る船から通行税をとろうとしますが運送会社からの反対と龍馬が海援隊などで忙しくなって会社は立ち消えます。

| | コメント (0)

2022/07/01

古本マニア採集帖

 【書 名】古本マニア採集帖
 【著 者】南陀楼 綾繁
 【発行所】皓星社
 【発行日】2021/12/15
 【ISBN 】978-4-7744-0750-0
 【価 格】2000円


多彩な古本ライフをおくる36人へのインタビュー記事で日本の古本屋メールマガジンの連載を単行本化したものです。


■カラーブックス
1962年~1999年に保育社から出ていた文庫本サイズの本で、コンプリートした人がいて、全部で909冊あるそうです。一番、古書値が高いのが「すすきのママ101人」だそうです。


■サンパル ジュンク堂
サンパルが建て替えで閉館となりましたが、今は隣のダイエーにあるジュンク堂はもともとサンパルにあったんですね。


■退屈男と本と街
2004年6月にはじまったブログで、最近はTwitterに移ったそうです。

| | コメント (0)

« 2022年6月 | トップページ | 2022年8月 »