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2022/01/14

地形散歩のすすめ

 【書 名】地形散歩のすすめ
 【著 者】新之介
 【発行所】学芸出版社
 【発行日】2021/11/01
 【ISBN 】978-4-7615-2796-9
 【価 格】2000円


■ヒトモトススキ
河内湾から河内湖に変遷によって森ノ宮の貝塚遺跡では海に生息するマガキから淡水に生息するセタシジミに移り変わっています。また生駒山麓の日下新地では海岸近くで生息するヒトモトススキが生息しています。


■佃
田蓑島で徳川家康が多田神社に参詣する時に田蓑島の漁師が渡船をつとめた縁から家康が田蓑島へ寄り、漁業のかたわら田も作れと言ったことから村名が田蓑から佃へと変更。田蓑の名前を残すために住吉神社の名前を田蓑神社に改名します。家康が関東に移った時に将軍家に献魚するように言われ、神社の宮司ら34名が江戸へ移住し、どこで漁をしてもよく税もとらないと特権を与えられます。これが佃島で田蓑神社と同じ住吉三神と神功皇后、家康を祀った住吉神社が鎮座します。


■垂水西牧
摂関家の荘園で春日大社に寄進されました。管理を行う目代の屋敷である春日大社南郷目代今西氏屋敷が今も残っています。


■上町断層
生国魂神社の本殿背後に18mの崖があり縄文海進時代に形成された海食崖。上町断層は生国魂神社の西約300mほどの地下深くにあるようで隆起した台地が外海に削られて東へ後退したようです。


■鹿谷寺跡
竹内街道から二上山の雌岳を少し登ったところに8世紀頃の石窟寺院である鹿谷寺跡があります。十三重層塔は建てたものではなく凝灰岩を掘り残して造られたもので1000年以上も残っています。近くには岩屋という別の石窟寺院跡がある。


■環濠集落
摂津ー塚口、富田(高槻)、小浜(宝塚)
河内-招堤(枚方)、枚方、出口(枚方)、久宝寺、八尾、萱振(八尾)、富田林、大ケ塚(河南町)
奈良盆地にはかって160~240ほどの環濠集落が存在したようである。

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