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2021/07/31

勘違いだらけの日本文化史

 【書 名】勘違いだらけの日本文化史
 【著 者】八條忠基
 【発行所】淡交社
 【発行日】2021/06/10
 【ISBN 】978-4-473-04472-3
 【価 格】1600円


■十二単
蚕品種「小石丸」の絹糸の太さは35デニールほど、一般的な絹糸の太さは84デニールで江戸時代以前の十二単は現在の1/3ほどの5kgでした。また十二単は女房装束でいわゆるOL服。偉い人の前に出るために衣装で偉いお姫様はラフな袴姿で御付の女房が十二単でした。


■紙屋川(天神川)
平安時代に紙屋院があり紙漉きをしていたことに由来します。使用した紙は100%リサイクルされ、漉き直したものを「紙屋紙」と呼びました。だんだんとグレーになったものを薄墨紙と呼んでいました。


■忠臣蔵
綱吉の母である桂昌院は身分が低かったのですが吉良上野介が従一位を任官されるように朝廷へ働きかけをしている所に起きたのが松の廊下事件。綱吉は激怒し、翌年無事に従一位が任官されます。また近衛基熙と吉良上野介が対立していました。近衛基熙の娘婿の徳川家宣を綱吉の跡目に考えていましたが、吉良上野介が反対していました。近衛基熙の家臣の親戚に赤穂藩士がいたこともあり近衛家の領地である山科に大石内蔵助は隠棲できました。摂家の領地ですので幕府も入れません。


■色の表現
あか(明るい)、くろ(暗い)、しろ(明瞭)しかなく、それ以外は全て「あお(曖昧)」でした。この4色と黄色、茶色だけが末尾に「い」がつけらえます。また色名を重ねた副詞は「黒々」、「赤々」、「青々」、「白々しい」のつしかありません。


■日本酒の政宗
灘の酒造りで「薪水」と銘柄をつけていましたがダメで隠元和尚が自らの宗派名を「臨済政宗」と呼んでいたことから「政宗」が「せいしゅ」につながると銘柄にします。こうして櫻政宗、菊正宗という名前がついていきます。


■おいしい
女房言葉で「いし」とは美味のこと、さらに丁寧にした言葉が「おいしい」です。


■波銭
物価があがったため寛永通宝4枚で通じる4文銭(波銭)が作られます。これで団子が4個1串になっていきます。また、そば十六文など波銭で払いやすいように4の倍数の値段になります。そして登場するのが四文屋(しもんや)で串おでん、するめなどを醤油で煮しめて売っていました。波銭ワンコインえ買える屋台です。


■羽栗翼
日本後紀に登場する名前で羽栗吉麻呂の息子。吉麻呂は阿倍仲麻呂の従者として唐に渡り現地で唐の女性と結婚。生まれたのが翼と翔(かける)。羽栗翼は16歳の時に父親とともに帰国。桓武天皇の侍医にまで出世します。


 

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一度きりの大泉の話

 【書 名】一度きりの大泉の話
 【著 者】萩尾望都
 【発行所】河合書房新社
 【発行日】2021/04/30
 【ISBN 】978-4-309-02962-7
 【価 格】1800円


竹宮恵子が「少年の名はジルベール」という大泉時代の本を出していますが、もう一人の当事者である萩尾望都からの返書のような一冊。「覆水盆に返らず」という言葉が巻末に登場しますが、まさにその通りです。

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2021/07/28

日本の都市誕生の謎

 【書 名】日本の都市誕生の謎
 【著 者】竹村公太郎
 【発行所】ビジネス社
 【発行日】2021/06/01
 【ISBN 】978-4-8284-2285-5
 【価 格】1400円


■江戸以前の関東
関東平野は大湿地帯だったため昔の古道は江戸を避けていました。戦国時代、山口~伊豆半島、紀伊半島~能登半島まで木が伐採されて禿山ばかり。明治から昭和にかけても禿山で昭和初期の比叡山ケーブルは禿山の中を走っていました。広重の東海道53次でも禿山のような背景がところどころに書かれています。江戸を入府した家康が見たのが森林で、江戸を大改造することになります。


■上町台地
石山本願寺が籠城できた一つの理由が水の確保です。上町台地の南側から地下水流が流れ込んでいて井戸を掘れば飲み水が確保できました。


■重力による下水道システム
3.11で電源が止まってもも仙台の下水処理場は機能していました。ポンプを使用せず自然の重力だけで汚水を流すことができ、元々は伊達政宗の遺産でした。政宗がたぶん参考にしたのが今も現役で使われている太閤下水のようです。


■牛馬を家族にした日本
モンゴルなどでは牛を制御するために去勢して車を曳かせましたが、日本は家族のように扱ったためか去勢しませんでした。発情期の牛はちょっとした刺激で暴れだすため平安絵巻には暴走する牛車が描かれています。渇いた広い台地がないこともあり車が発達しなかったようです。


■三分の一堰
水争いをなくすために平等に三棟分する堰があり、信玄が造ったと伝わっています。


■災害が多い日本
陸面積で0.3%しかないのに巨大地震の20%が起き、活火山の10%が集中しています。

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2021/07/24

真相究明「本能寺の変」

 【書 名】真相究明「本能寺の変」
 【著 者】菅野俊輔
 【発行所】青春新書
 【発行日】2021/07/15
 【ISBN 】978-4-413-04626-8
 【価 格】900円


「乙夜之書物」という加賀藩の関屋正春がまとまた書物で実際に本能寺の変の場にいた斉藤利宗(斉藤利三の息子)が語った話です。


■田中城
光秀が若狭熊川出身の沼田清延と田中城に籠城していました。足利義昭が野洲郡矢島から若狭小浜の武田義統を頼ることになりますが田中城は熊川から小浜に至る道中にありました。牢人していた光秀は足利義昭に仕えるために籠城していたようです。沼田から話を聞いた米田が「針薬方」としてまとめますが、沼田も米田も後に細川藤孝の家臣になっています。沼田清延は藤孝の義兄弟だったようです。


■本能寺の変
明智秀満と斎藤利三の2000人ほどが本能寺に向かい、光秀は鳥羽に控えていました。また本能寺内にほとんど人がおらず簡単に制圧できたようです、山崎の合戦で負けたあと斉藤利宗は細川忠興に預けられます。加藤清正に仕えやがて徳川家の旗本になりますが、妹である福の影響も大きかったでしょう。

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日本の城

 【書 名】日本の城
 【著 者】小和田哲男
 【発行所】マイナビ新書
 【発行日】2021/05/31
 【ISBN 】978-4-8399-7569-2
 【価 格】957円

■観音寺山遺跡
和泉中央にある高地性集落である観音寺山遺跡には173棟の建物跡があり高地で防御性を高めていました。やがて平地に移動しできたのが環濠集落です。

■方八町
多賀城は東西880m、南北700mで方八町に近い大きさ。東北地方には方八町と呼ばれる地域があり城柵があった可能性があります。方一町は一辺109mほどの方形でこれが武士の居館の標準サイズになります。古代の条里制の影響を受けたサイズのようです。堀・土塁が一重だと土豪(国人の被官)の城郭で二重になると国人の城郭となります。

寄親寄子制度ー国人領主が寄親で土豪や地侍が寄子となります。寄子を寄騎、与力と書く場合があります。

五八の枡形-横五間、縦八間の40坪が基本

■小字
兵を集める鐘打台がなまって蟹打台になって伝えられています。竹の内も元々は館の内(たてのうち)が訛ったというケースもあり、垣内、開戸、貝戸、垣外は「かいと」と呼ばれ城にまつわることが多い。

■瓦林正頼
摂津の国人領主 敵(三好?)が芥川の北に山城を築き300~500人が普請しているのに対し鷹尾城の普請は50~100人程度

■石垣
中井均氏の見分け方 素人でも積めるのが石積、プロの石工でないと積めないのが石垣

■破城
伊勢松坂城ー取り壊す費用がかかるため石垣、堀、天守も放置されたまま。天守は自然崩壊しました。

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2021/07/23

ルポ日本のDX最前線

 【書 名】ルポ日本のDX最前線
 【著 者】酒井真弓
 【発行所】インターナショナル新書
 【発行日】2021/06/12
 【ISBN 】978-4-7976-8074-4
 【価 格】860円

■2025年問題
昔、2000年問題がありましたが、次にひかえているのが2025年問題。昭和元年(1926年)から2桁で年数を数えるシステムが2025年に昭和100年となり誤動作を起こす恐れです。

■マイナンバーカード
役所では「コンビニで住民票が出せる」と胸をはっていますが本来はわざわざ住民票を出さなくてもすむようなマイナンバーではなかったのか

■PPAP(パスワード付きZIPファイル)
政府が廃止を宣言した日本独自の脆弱なセキュリティ対策ですが現場ではまだまだ現役です。

sikaku コープさっぽろDX
https://dx.sapporo.coop/

よい事例の写真をエクセルに貼ってコメントを書き本部に送信していましたが、スマホで写真を撮ってSlackにコメント付きでシェアすれば、それでよいのでは。「きちんと共有するように」という上からのお達しに従っているだけでした。

宅配サービスでは効率化を追い求めるとガチガチに効率化できる。仮にトラックが柔軟に経路を変えるような新サービスを思いついても適用できない。柔軟性が効率化と同じぐらい大切。

■蟻
勤勉に働いているのが2割。普通に働いているのが6割。さぼっているのが2割とよく言われていますが、この2割が新しい巣やエサを探す枠割をもっていて、企業の新規事業部のようなイメージです

蟻をみていると渋滞の時に車間距離を空けて走るのが最適と分かっていますが人間は車間距離が空いていると中に入ってくる車がいて成り立たなくなります。自動運転ができると解消しそうです。

オランダでは、やってから会議するのに対してン本はやる前に会議で潰す

■声優の報酬
日本俳優連合 デヴュ―~5年 1本1万5千円(セリフの長さは関係なし)

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2021/07/15

国民のための経済と財政の基礎知識

 【書 名】国民のための経済と財政の基礎知識
 【著 者】高橋洋一
 【発行所】扶桑社新書
 【発行日】2021/05/01
 【ISBN 】978-4-594-08793-7
 【価 格】924円

■インフレ目標2%の意味
2%へ行くことが目標ではなくて2%まで財政出動しても財政が悪くならないという意味。マンデル=フレミング効果があり単独で行う財政政策(公共投資)には効果がないと結論づけたもので金融政策を行うことが重要。

■為替レート
円のマネタリーベース < ドルのマネタリーベース 円高
円のマネタリーベース > ドルのマネタリーベース 円安
過去40年ほどのデータによる70~80%はこれで説明できます

■デフレの正体
生産者年齢人口が減って耐久消費財の消費は減るが非耐久消費財は増えて価格が上がります。高齢者は家や車は買いませんが電車に乗り福祉サービスを利用するようになるからです。

■ベーシンクインカム
平等に支払うと支援がいる人もいない人も平等となり、生活保護や失業給付などをもらっている2%ぐらいの人は他の98%ももらうことになるので、もらう額は1/100ほどになってしまう計算です。

■税
国に払う税金は応能税(個人の支払い能力に応じて支払う税金)、地方に払う税は応益税(個人の便益に応じて払う税金)という理論があり消費税は本来、地方税であるべきで便益に関係する人が負担することになり、これなら特別交付税をもらうために陳情にいくという無駄がなくなります。

■歳入庁
財務省が把握している法人数 約280万
日本年金機構が把握している法人数 約200万 差が社会保険料を支払っていない企業で「消えた年金問題」になってしまいました。
国の収入を一括管理する歳入庁があれば、こういった問題が解消していきます。

■論語「由らしむべし、知らしむべからず」
本来の意味は「人民を為政者に従わせることは簡単だが、その施政の道理を人民に理解させるのは難しい」です。

■源泉徴収票
英語にない「天下り」。リタイアした役人は自分で仕事を探すのが当たり前です。源泉徴収票も紙で届き、いちいち入力しなければなりません。なぜ電子データで来ないのでしょうか。

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2021/07/13

変わる日本史の通説と教科書

 【書 名】変わる日本史の通説と教科書
 【著 者】本郷和人
 【発行所】宝島社新書
 【発行日】2021/06/24
 【ISBN 】978-4-299-01694-2
 【価 格】990円


■仁徳天皇陵
世界最大の面積といわれていますがイギリスの新石器時代の墳墓の中には長さ500mを超える土手状のものがあるそうです。近年の研究では上石津ミサンザイ古墳、仁徳天皇陵、田出井山古墳の順に造られ日本書紀では仁徳天皇陵、反正天皇陵、履中天皇陵の順に造ったとあり、それでいけば反正天皇陵の確率が高くなります。


■皇紀
60年が基本となり21回暦が回ってきた時の辛酉の年は大革命が起きるとという説があり、これで起源前660年に神武天皇が即位したことになります。太平洋戦争直前の1941年が皇紀2600年となり、ドイツの作曲家リヒャルト・シュトラウスに管弦楽曲の作曲依頼をしました。

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2021/07/10

天正伊賀の乱

 【書 名】天正伊賀の乱
 【著 者】和田裕弘
 【発行所】中公新書
 【発行日】2021/05/25
 【ISBN 】978-4-12-102645-3
 【価 格】880円

伊賀には600を超える城砦群があり、当時も認識されていて朝鮮出兵中の加藤清正が秀吉の側近に送った書状に「昔の伊賀・甲賀のように在所在所に要害を構えている」と報告しています。実際は不明数が264あるため900近くあったようです。

■伊賀守護 仁木(にっき)氏
足利義昭が将軍になる前に大和を逃れて甲賀の和田惟政の所に向かう途中、伊賀を通り仁木氏に接待をうけた記録があります。

■伊賀衆
越智党など党は血縁関係で結ばれていて衆は地縁を元にしています。六角氏と縁が深く足利将軍に攻め込まれると甲賀や伊賀に逃げ込んでいました。伊賀衆は全体としてまとまっていたわけではなく傭兵的存在で浅井氏が六角氏方の太尾城を攻める時に伊賀衆が参陣しています。織田方についたこともあります。

■六角定頼
信長が安土城に江雲寺御殿を造営しており、六角氏を最盛期までのばした六角定頼(江雲寺殿)に由来するようです。

■三瀬の変
信長の命令で北畠具教が三瀬御所で討ち取られたと言われていますが松阪市大石の可能性もあり、江戸末期には御所屋敷という字名が残っていたようです。

■滝川勝利
木造具康の子供で信長の北畠攻めでは木造氏を信長方にしました。滝川は擬制的な一族として名乗ったのでしょう。織田信雄の後見役となり本能寺の変の後も活躍し秀吉や家康にも高く評価されていました。関ケ原の合戦では西軍につき所領没収になりましたが、翌年には家康の常陸国で2万石を与えられました。

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2021/07/02

戦国武将の選択

 【書 名】戦国武将の選択
 【著 者】本郷 和人
 【発行所】産経新聞NF文庫
 【発行日】2021/04/20
 【ISBN 】978-4-7698-7034-0
 【価 格】902円


■波多野氏
光秀の丹波攻めで立ちはだかったのが波多野氏。波多野氏は源義朝を支えた家人でした。本貫は神奈川県秦野市にあった波多野荘です。石見の吉見家(源範頼の子孫)出身の清秀が母方の波多野を名乗り、細川勝元に仕えたのが丹波・波多野氏の初代になります。波多野秀治と一緒に光秀と戦ったのが赤井直正でタレント赤井英和は子孫にあたります。波多野秀治の娘の一人は三木城の別所長治に嫁いでいました。


織田軍は三木城と八上城を攻めることになりますが25年前に同じことをやっていたのが三好長慶と松永久秀


■守護大名と戦国大名の違い
三好長慶は国人領主を支配ー守護大名
織田信長は地侍までを支配-戦国大名


地侍(小領主・国人)-農民&足軽 刀狩りの対象となる
国人領主ー小領主をたばねた地域一帯の領主
織田信長は小領主を村から話して城下町に住まわせ武士のサラリーマン化を行う


■寺社への寄進
室町幕府が小早川から起こされた裁判で悩みます。法理からいえば小早川ですが、仏に寄進された土地は悔い返すことができないという常識があり、このバランスで悩みます。


■牧村利貞
利休七哲の一人。稲葉一徹の息子で伊勢で2万石の大名になります。娘が「おなあ」でスカウトしたのが稲葉一徹の養女になっていたお福さん(春日局)です。「おなあ」の孫が家光の側室となります。

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