« 幕末武家の回想録 | トップページ | 日本経済図説 第5版 »

2021/06/20

能から紐解く日本史

 【書 名】能から紐解く日本史
 【著 者】大倉源次郎
 【発行所】扶桑社
 【発行日】2021/03/31
 【ISBN 】978-4-594-08417-2
 【価 格】1800円


■能の音楽
雛祭りの五人囃子と同じで右側から地謡、笛、小鼓、大皮、大鼓と並び、音源が口から遠くなる順になっています。


■能のスポンサー
妙楽寺(談山神社)と興福寺(法相宗)で平安遷都前に、清水寺が興福寺の出先機関として造られ北法相宗本山になっています。


■暦の数え方
春秋暦という春から秋まで1年、秋から冬までを1年とした暦が古代から飛鳥時代まで使われていたのではという説があります。神武天皇など100歳以上の天皇が古代に多いのですが半分にすると神武天皇は68歳となり長命ですが、ありえない歳ではなくなります。


■比叡山
「白髭」では延暦寺を建てる時に地元でひと悶着があったこと、「大江山」では最澄という偽物が我々を追い出したという話になっていて比叡山の先住民が丹波に逃れたのに、また討伐された歴史のようです。


■継体天皇
最先端の水田耕作を持ち込んだようで宮の名前が磐余玉穂宮になっています。陸稲栽培と違って連作障害が起きませんから確かめながら大和入りしたので時間がかかったのではないかという説です。また「花筐(はながたみ)」では継体天皇にお供してきた照日前が出てきて天照を匂わしています。何らかの宗教戦争みたいなのがあり、最終的に継体天皇が天照大神を祀り、伊勢神宮を建てたのではともいわれています。


■在原
阿保親王が薬子の変で失脚します。息子が在原業平となります。阿保親王の墓は芦屋市にあり、所領で開墾したことで功績をあげ在原という名前を得たのでは推察しています。春の田植えや秋の収穫で舞われる「翁」には「ありはらや。なぞの。翁ども」という言葉が出てきます。


■狂言・謡曲の言葉
遠国の大大名同士が集まっても言葉が通じませんでした。そこで狂言などで使われる「にてそうろう」「ござる」「かしこまり申した」などが使われ、これが武家言葉となっています。全国隅々まで能は伝わっていましたので、これが共通語になっていきます。


■秦河勝
広隆寺の別名は太秦寺で長安にあった大秦寺(景教)の影響を受けたようです。「翁」には白いお爺さん、黒いお爺さん、若い男の3人が登場しキリスト生誕の三賢者のようです。大倉源次郎の氏名は大倉源次郎秦宗治で大和四座は秦氏の子孫となります。世阿弥の風姿花伝には猿楽の開祖が秦河勝と書かれています。

|

« 幕末武家の回想録 | トップページ | 日本経済図説 第5版 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 幕末武家の回想録 | トップページ | 日本経済図説 第5版 »