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2020/11/07

日本史サイエンス

 【書 名】日本史サイエンス
 【著 者】播田安弘
 【発行所】講談社ブルーバックス
 【発行日】2020/09/20
 【ISBN 】978-4-06-520957-8
 【価 格】1000円

映画「アルキメデスの大戦」で製図監修などを担当する船のプロが蒙古襲来、秀吉の大返し、戦艦大和の謎に迫る一冊です。

■文永の役
蒙古艦隊が上陸したのは水深がある博多湾の西側にある百道浜の沖に投錨したようです。当時の海岸線は現在より200mほど陸側にあり文永の役が終わったあとの防塁の場所とも一致します。大型船から上陸するには小舟で何回も兵員を送り込む必要があります。おそらく1/3ぐらいしか上陸していないのに武士団との戦闘となりました。戦争では最悪に兵員の逐次投入になってしまいます。

本来は4月以降に出航し11月までに戻るスケジュールでしたが高麗国王の死で3ケ月延びていました。上陸作戦が失敗したために撤退することになりました。神風は何の関係もなかったのですが、「八幡愚童訓」では武士団が苦戦しているところを八幡神が神風を吹かせて助けたと宣伝したため、こちらが信じられることになります。

■秀吉の大返し
大返ししたのは2万人で全員が間に合ったわけではなく、間に合っても疲れで戦どころではありませんでした。難所は船坂峠で、この本では沼を出た後、西片上から秀吉と親衛隊が船に乗って赤穂にショートカットしたのではと類推しています。

■戦艦大和を知らなかった
巨大戦艦の存在を米英に極秘にしていましたが国民も知りませんでした。大和や武蔵の存在は知らず、大きな戦艦は長門と思っていました、終戦から7年目の1952年に「戦艦大和の最後」(吉田満)の小説が出て知ることになります。

■船の設計
非常用発電機、バッテリー、無線室は最上階の操舵室近くが、せいぜい1段下までに配置するよう義務付けられています。遭難してもぎりぎりまで無線を打ち、最後に逃げられるようにするためです。

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