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2019/10/31

こんなに面白い!近鉄電車100年

 【書 名】こんなに面白い!近鉄電車100年
 【著 者】寺本光照
 【発行所】交通新聞社新書
 【発行日】2019/10/15
 【ISBN 】978-4-330-01219-3
 【価 格】800円


副題が「その巨大さと複雑な歴史をひもとく」になっています。


名古屋と大阪を結ぶ名阪特急は伊勢中川駅で方向が変わるため乗客自身が座席を回転させていました。1961年に伊勢中川駅を経由しない短絡線が作られスイッチバックがなくなりました。また近鉄特急というと「おしぼり」サービスが有名でした。高安と伊勢中川に蒸しタオルを用意する設備が造られたそうです。


■信貴生駒電鉄
1929(昭和4)年に山下~生駒、枚方市~私市を開業させます。本当は生駒~私市間も結ぶ予定でしたが生駒山地と直後の不況で未完成で終わります。やがて大軌の傘下となります。


信貴山までは高安方面からケーブルで登れますが、かっては登った山上を普通の電車が走り高安山駅~信貴山門駅を結んでいました。電車はケーブルの路線を使って引き揚げられたそうです。ところが電車事故や戦時体制への移行もあって廃止、今度は台車をはずして電車を登山道を下る形で高安工場へ運びました。


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大江戸の飯と酒と女

 【書 名】大江戸の飯と酒と女
 【著 者】安藤優一郎
 【発行所】朝日新書
 【発行日】2019/10/30
 【ISBN 】978-4-02-295041-3
 【価 格】810円


■ミツカン
粕酢を使った握り寿司が江戸で人気を呼びます。酒造業者が酢造りをすると酵母菌が酒蔵に入ると酢酸が生じ酒にダメージを与えるのでタブーでしたが、これに果敢に挑戦したのが尾張国知多郡半田で酒造業を営んでいた中野又坐衛門。ミツカングループの創業者になります。上方のお酒が人気で、尾張産のシェアが落ちていたので活路を見出す必要がありました。


■小松菜
葛西菜という江戸の名産でしたが小松川あたりで生産されたものが特に小松菜と呼ばれました。名付け親が徳川吉宗で鷹狩りで小松川を訪れた時に葛西菜のすまし汁に感激したからでした。


■練馬大根
朝鮮通信使の帰国のお土産にも使われており、種と練馬村の土を持たせました。これが一箱720キロの2つの箱の土でした。


■松平定信
寛政の改革で有名ですが、米価の安定のために酒を造る米を制限しましたが、当時の酒は上方が主で江戸のお金が上方に流れることを防ぐ目的もありました。江戸では御免関東上酒というプロジェクトを行って上方にまけない酒造りを目指しましたが、なかなかうまくいきませんでした。


■飲食店の統計
町奉行所で調査しており
文化元年(1804年)-6165軒
文化七年(1810年)-7763軒
これは常設店舗で屋台などの移動販売は含まれていませんので、相当な数になったでしょう。


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2019/10/26

読書狂の冒険は終わらない!

 【書 名】読書狂の冒険は終わらない!
 【著 者】三上延、倉田英之
 【発行所】集英社新書
 【発行日】2014/10/22
 【ISBN 】978-4-08-720760-6
 【価 格】760円


「ビブリオ古書堂の事件手帳」の三上、「R.O.D」の倉田両氏による読書に関する対談ですが、読書家ならではのいろいろな話が出てきます。同じ本を買ってしまう話はよくありますが、何が入っているか分からない段ボールを開けたら全部漫画本の同じ巻が山のように出てきたことがあったそうです。皆に配ろうと、その時は考えたようです。
「同じ本をなんで二冊買うの?」という問いには「なんで買わないの?」と逆質問。ミステリ研究科の日下三蔵さんは「そこに売っていたからです」と答えていました。


昔の本は皆、旅行したり海など見たことがない人がいたので延々と風景描写がありましたが、ネットで皆が分かる時代になってからは特にストーリー展開が早まるようになったそうです。


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2019/10/20

徳川家が見た幕末の怪

 【書 名】徳川家が見た幕末の怪
 【著 者】徳川 宗英
 【発行所】角川oneテーマ21
 【発行日】2014/06/20
 【ISBN 】978-4-04-101464-6
 【価 格】800円


著者は田安徳川家11代当主です。


■日英交流400周年
幕末には幕府ーフランス、討幕派-イギリスという構造でしたがイギリスはけっこう幕府よりだったようです。1613年、イングランド国王ジェームズ一世から徳川家康に新書が送られ、東インド会社の船が平戸に来航し、家康は英国代表団と面会しています。この時に秀忠が贈った甲冑はロンドン塔に展示されています。400周年にあたる2013年にイギリスで日英交流400周年記念硬貨が400枚、作られました。片面はエリザベス二世の横顔で、もう片面は東インド会社の船を背景にしたジェームズ一世と家康が並んでいました。発行したのは今も続く東インド会社です。


■七卿落ち
八月十八日の政変で7人の公卿が追放され長州へと落ちのびていきます。第一次長州征伐のあと筑前に移っていた公卿の処遇について話し合ったのは沖永良部島から戻ってきた西郷隆盛と長州で公卿を警護していた土佐の脱藩浪士・中岡慎太郎で、薩長同盟の足掛かりとなります。


■寛永寺・輪王寺宮能久親王
江戸無血開城というと西郷隆盛、勝海舟の名前が上がりますが、既に大方の方針は決まっていたようで和宮や天璋院からの嘆願。また徳川慶喜に頼まれ輪王寺宮能久親王が嘆願書を討幕軍の熾仁親王に渡して、お膳立ては整っていました。あくまでも黒子に徹して、表舞台は西郷隆盛、勝海舟にまかせたようです。


■博徒
赤報隊に加わっていたのが清水次郎長と争っていた黒駒勝蔵


徳川慶喜を支えていたのが新門辰五郎。大正2年に徳川慶喜が亡くなった時、辰五郎の末裔である火消衆が揃いの半纏で集まり、組ごとに纏をあげて見送ったそうです。


■日米修好通商条約
関税は輸出が5%、輸入が20%で西欧諸国と同等でした。これで輸出超過となり日本としては儲かっていました。ところが1866(慶応2)年に輸出入とも5%となり輸入超過となってしまいます。原因は長州藩による下関砲撃事件。賠償金を幕府に要請しましたが値引きする代わりに税率変更を申し込んできました。徳川幕府の弱腰外交で不平等条約になったわけではなく、長州のせいだったようです。


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2019/10/18

明治維新に不都合な新選組の真実

 【書 名】明治維新に不都合な新選組の真実
 【著 者】吉岡 孝
 【発行所】ベスト新書
 【発行日】2019/10/15
 【ISBN 】978-4-584-12604-2
 【価 格】860円


「勝てば官軍」という言葉があるように敗者の歴史は書き換えられていきます。明治の元勲と言いながら若いときにやっていることはテロリストと変わりません。新選組に焦点をあてた一冊になっています。


■不平等条約と言われた日米修好通商条約
アヘン戦争に敗北した清が結んだ不平等条約をよく理解していたので幕府は平和裏に条約を結ぶことを急いでいました。今と違って欧米列強が極東の国と平等な条約を結ぶことも考えにくい状況でした。日米修好通商条約の関税は20%でしたが国内市場を守るには適していました。ところが1866(慶応2)年に一律5%と改正されたことで安い外国の工業製品が日本市場に入ってくることになりますが、改正のきっかけは尊皇攘夷により外国人へのテロでした。結果的にテロが国内産業に打撃を与えることになります。


■新選組が会津藩お預かりに
会津藩の方針は「言路洞開(げんろどううかい)」で浪人たちの意見を聞き、志あるものは奉公させるにありました。清河八郎と袂をわかち京都に残った浪士組を利用しようとしていたのは土佐藩と長州藩で、敵に走られるぐらいなら味方にした方がよいと引き取ることになります。


■かってに金策いたすべからざること
局中法度ということで有名ですが子母澤寛の小説による創作でした。当時の浪人結社が行っていたのが押借(おしがり)で、政治的大儀をいいながら何百両も出せというものでした。浪人を取り締まる側の新選組が同じことをするわけにはいかないので勝手な金策を禁止しました。ただし隊の方針のもとに行う金策はOKです。


■池田屋事件で会津藩が遅れたワケ
出陣する会津藩士が藩主の謁見(御目見)を願っていたためで、実は池田屋事件の前年に浪士召し捕えの捕方が藩主の謁見をえたという前例があったからです。これで新選組がわずかな人数で池田屋に突入することになります。池田屋では放火して京都を火の海にして天皇を奪い去ることを話し合っていたと言われていますが。これは後からの付け足しで実際は公家宅への放火程度を計画していたようです。



■新選組の情報収集能力
新選組はいわばアウトローなので、いろいろな情報ルートをもっていたようです。長州征伐では幕府軍について広島までは行っています。高杉晋作の動きや長州に薩摩が接近している事実、とても戦えない旗本の実力を報告しており、実に的確だったようで会津藩も新選組を高く評価していました。

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2019/10/15

人は「のど」から老いる「のど」から若返る

 【書 名】人は「のど」から老いる「のど」から若返る
 【著 者】福島 英
 【発行所】講談社
 【発行日】2018/09/20
 【ISBN 】978-4-06-512947-0
 【価 格】1000円


知的生産の技術研究会でお世話になっている福島さんの著者です。代々木駅近くでブレスヴォイストレーニング研究所を開設し、ヴォイストレーニングを行っています。


ノドの構造上、誤嚥するのは人間だけだそうです。ノドにはアダムのリンゴと呼ばれる「のど仏」がありますが、これがあるのは人間だけ。二足歩行することで気道と食道が交差するようになり食べ物が肺にいかないように蓋をする仕組みができあがりました。動物は鼻で呼吸しながら飲食できますが人間はできません。問題は加齢とともに「のど仏」の位置が下がってきます。これが誤嚥となります。ヴォイストレーニングをすることで、この加齢を遅らせることができ、レッスン方法についても書かれています。


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2019/10/14

働き方を会社にまかせない

 【書 名】働き方を会社にまかせない
 【著 者】北口祐規子
 【発行所】ギャラクシーブック
 【発行日】2006/04/02
 【ISBN 】978-4866284347
 【価 格】1650円

著者は大阪府よろず支援拠点・チーフコーディネータでもあります。

本の副題が「これからの時代の自分らしいを創るために」になっています。自分の人生は自分が主役ですから、自分がやりたいことから考えていくための考え方が書かれており、20代、30代で働いている女性に最適な一冊になっています。

15~64歳の生産年齢人口で女性の数が3778万人。働いている人は2572万人で68.1%という状況で女性の3分の2は働いているのが当たり前の時代になっています。

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2019/10/12

関ケ原合戦は作り話だったのか

 【書 名】関ケ原合戦は作り話だったのか
 【著 者】渡邊大門
 【発行所】PHP新書
 【発行日】2019/09/27
 【ISBN 】978-4-569-84371-1
 【価 格】900円


副題が「一次資料が語る天下分け目の真実」になっています。家康は多数派工作をすすめ毛利輝元、小早川秀秋とも話がついており西軍は負けるべくして負けたようです。特に宇喜多勢は内紛騒ぎが尾を引いており、島津勢も兵力が少なく戦力不足でした。また毛利は安国寺恵瓊にすべての罪を押し付けてしまいました。


大谷吉継が家康に味方するつもりでしたが石田三成との友情から西軍へというシーンがよく描かれていますが、前田利長、浅野長政、石田三成、そして上杉景勝と豊臣政権を支える面々が瓦解することに危機感をいだいていたのが一番の理由でしょう。


■安濃津の戦い
関ケ原の戦いの前哨戦になったのが安濃津の戦い。安濃津城主・富田信高、伊勢上野城主・分部光嘉、松坂城城主・古田重勝、岩出城主・稲葉道通が東軍側で戦いましたが古田重勝は和睦を申し出て時間を稼ぎ、関ケ原の戦いのあとまでもちこたえました。安濃津城での戦いで兵力差はいかんともしがたく高野山の木食上人応其の仲介で降伏することになります。大津城の戦いでも西軍の要請で京極高次に高野山の木食上人応其が派遣され降伏となりました。


■井伊直政、松平忠吉
福島正則が先陣と決まっていましたが井伊直政が家康の息子で婿の松平忠吉を連れて福島隊の前へ出て、先陣をきったというシーンもよく描かれていますが、本来は秀忠が先陣予定だったのが遅れたため松平忠吉が代わりに先陣を勤めることで諸将も納得したようです。


■小早川秀秋の裏切り
前日までに話がついており、午前10時の開戦と同時に小早川秀秋は西軍に攻めたのが真相のようです。


■新藤三左衛門
宇喜多秀家の家臣で逃亡の時間を稼ぐため本多正純のもとへ秀家が自害したと宇喜多家に伝わる「鳥飼国次」という太刀を差し出します。嘘が判明しますが、徳川方はとがめられなかったようです。


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2019/10/06

世襲の日本史

 【書 名】世襲の日本史
 【著 者】本郷和人
 【発行所】NHK出版新書
 【発行日】2019/09/10
 【ISBN 】978-4-14-088601-4
 【価 格】800円


■公地公民
律令の建前は公地公民でしたが、これを踏みにじったのが院政です。上皇が公然と荘園を皇室のもとに集めます。六勝寺などをトンネル会社にして。この寺が寄進をうける形で実質的には皇室領を増やしていきます。


■貴族
摂関家-5摂家 近衛家、九条家、鷹司家、二条家、一条家
大臣家-内大臣、右大臣、左大臣、太政大臣になれる家
大臣になると名前の下に「公」をつけます。ですので水戸光圀公というのは間違いで正確には水戸光圀卿になります。


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江戸300藩 改易・転封の不思議と謎

 【書 名】江戸300藩 改易・転封の不思議と謎
 【著 者】山本博文
 【発行所】じっぴコンパクト新書
 【発行日】2019/09/10
 【ISBN 】978-4-408-33887-3
 【価 格】950円


江戸時代に行われた改易(取りつぶし)と転封が行われ、一番多かったのが松平直矩の7回、引っ越し大名のあだ名がつきました。


■小田原藩 大久保忠札
幕末の戊辰戦争では新政府側として箱根の関所を守っていましたが、請西藩を脱藩した林忠崇と遊撃隊が「上野の戦争で彰義隊が勝って、徳川勢が進軍してくる」というデマにまどわわれて旧幕府軍に箱根の関所を渡してしまいました。江戸にいた重臣が急ぎ戻って、新政府側に寝返りましたが右往左往。遊撃隊の伊庭八郎が「12万石の立派な藩にひとりの男児もいないのか」と言われる始末でした。


■宇都宮藩
幕府に進言して朝廷から山陵奉行に任じられ歴代天皇陵の修復作業をしていました。幕末の動乱の時にこれがいきました。幕府、新政府の両方からあまり信じられていませんでしたが新政府側につき土方歳三などに攻められて落城しました。


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動乱の室町時代と15人の足利将軍

 【書 名】動乱の室町時代と15任の足利将軍
 【著 者】山田 邦明
 【発行所】青春新書
 【発行日】2019/05/15
 【ISBN 】978-4-413-04568-1
 【価 格】1320円


複雑な室町時代ですが地図などの図説がついていて分かりやすく整理されています。足利将軍といいながら最後を京都で迎えなかった将軍も多く、10代義材は阿波、11代義澄は近江、12代義晴は近江の穴太で没しています。


13代義輝は京都で没しましたが三好三人衆に囲まれ刀をふるって奮戦し殺されました。三好三人衆はどうも御所を囲んで強訴する御所巻の予定でしたが混乱のなか偶発的に殺されたのではという説も出ています。


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