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2019/08/17

日本史長命短命人物列伝

 【書 名】日本史長命短命人物列伝
 【著 者】松尾 和彦
 【発行所】叢文社
 【発行日】2019/04/01
 【ISBN 】978-4-7947-0792-5
 【価 格】2300円


35歳以下で没した448人と85歳以上で没した344人を紹介しています。


■最後の殿様
昭和の初めまで本物の殿様が生きていました。広島藩主・浅野長勲で亡くなったのは1937年。また上総請西藩の藩主・林忠祟は藩主自らが脱藩して幕府側として転戦。1941年まで生きました。


■信長の長男
信長の長男といえば信忠が思い出されますが本当の長男は信正。母親が原因で信長には認められていなかったようです。


■桑名城の戦い
関ケ原の戦いの前哨戦といえば津城の戦いが有名ですが、桑名城でも戦いがありました。豊臣秀吉の家臣で伊勢・近江・越前国内1万石を拝領した寺西直次で、長浜10万石の代官でした。会津征伐に従軍しましたが、石田三成の挙兵を聞くと家康に断って城主の氏家行広とともに桑名城に引き返し籠城。山岡景友、九鬼守隆らの攻撃を受けて山岡の勧めで降伏し城を出たそうです。


■六本木・青山高樹町
高樹、上杉、朽木、青木、片桐、一柳と木に関する六家の中屋敷があったことから六本木となります。高樹家の下屋敷があったところが青山高樹町となりました。


■田中光顕
明治維新で生き残った志士は栄達をはかしましたが、白石正一郎など散々、お世話になったのに恩返しをしたものは皆無でした。武市半平太の妻を探し出して支援したのが田中光顕で、唯一、恩返しをした人物でした。


■立入宗継
正親町天皇と織田信長との間を調整したり石山合戦でも調整にあたった京都の商人です。京都三大祭のひとつ時代祭で織田公上洛列の先頭で馬に乗り登場します。


■大成建設
創業したのは大倉喜八郎で、戒名が大成院で戒名が会社名いなっています。他にもサッポロビールやホテルオークラなどを企業しています。


■宮川助五郎
長州藩の罪状を書いた制札を壊しているところを新選組に捕まったのが土佐藩士・宮川助五郎。寺田屋で坂本龍馬と中岡慎太郎が話をしていたのが、どうも宮川助五郎の話だったようです。潔い態度で捕まったので近藤勇は赦免届を出し、赦免されたのが寺田屋事件が起きた当日でした。


■壬生義士伝
吉村貫一郎といえば新選組に入隊し貰った手当をすべて妻子に送り、剣の腕はめっぽう強いという人物です。鳥羽伏見の戦いのあと、出身の南部藩屋敷で切腹したことになっていますが、実際は明治3年に病死しているそうです。


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