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2019/08/30

中世奇人列伝

 【書 名】中世奇人列伝
 【著 者】今谷明
 【発行所】草思社文庫
 【発行日】2019/08/08
 【ISBN 】978-4-7942-2411-8
 【価 格】980円

承久の乱の黒幕で壮絶な最期を遂げた法印尊長、中国に渡り刑死になる寸前に歌で助かった雪村友梅、二度、将軍になった足利義稙(義材)、政治に深入りした歌人・京極為兼、中世で救民を実践した願阿弥、幕府にわたりあって混乱をおさめた広義門院のあまり知られていない6名にフォーカスした一冊です。

■葉室光親(はむろみつちか)
討幕を訴える後鳥羽上皇に対して無謀だと反対していましたが、決心が変わらないことから討幕の院宣を書きました。承久の乱が終了してから院宣を書いた咎を責められましたが一言も弁明せずに斬られました。のちに上皇を諫めていた諫状数十通が見つかり冤罪であることが判明します。北条泰時は処刑してしまったことを悔やんだ話が吾妻鏡に出てきます。

■広義門院(西園寺寧子)
光巌天皇、光明天皇の母親ですが討幕、建武の新政、南北朝時代に巻き込まれていきます。南北朝時代、南朝は北朝の上皇、天皇などを吉野へ拉致する事件を起こし、朝廷では何も決められない空位時代となります。ここで幕府に担ぎ出されたのが広義門院。61歳になっていましたが、頼むのは広義門院しかいませんでした。ただ広義門院は子供や孫まで吉野に連れ去られたことに怒り心頭。「皇位など幕府で勝手にしろ」と取り付く島がありません。バサラ大名の佐々木道誉などがひたすら請願したこともあって、広義門院はついに折れます。ここで行われたのが、昔にタイムスリップ(前年十月以前)させるという超法規処置。南朝の北畠親房は北朝の上皇、天皇などを手に入れたら北朝は何もできないと思っていたところに奇手が打たれました。

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2019/08/23

仲野教授のそろそろ大阪の話をしよう

 【書 名】仲野教授のそろそろ大阪の話をしよう
 【著 者】仲野 徹
 【発行所】ちいさいミシマ社
 【発行日】2019/08/05
 【ISBN 】978-4-909394-24-8
 【価 格】1,900円

ダイエー発祥の地・千林生まれの仲野教授による大阪をよく知る12名との対談です。

■八十島タイタニック説(高島幸次)
大阪城、石山本願寺の前にあったのが生玉神社。上町台地の先端で行われていたのが八十島祭です。台地の先端で天皇の着物を入れた箱を開け風をあて海の風を受けた衣を着ることで、日本の支配をする権利を得るという儀式です。映画タイタニックのような光景なので、これが八十島タイタニック説だそうです。

■秀吉の大阪改造計画
当初は上町台地の北にある大坂城から南へ城下を延ばす予定でしたが慶長の大地震で堺の南が壊滅してしまい、計画は頓挫。西へ延ばすことになり東横堀川を掘った土で湿地帯を埋めて船場の町にしました。梅田の語源も埋田です。

大阪城は豊臣時代の城と信じられていた時期が長く、指定もいまだに豊臣大坂城になっています。昭和34年の学術調査で地下から豊臣時代の石垣が発見され、現存している石垣は徳川時代にものと分かりました。この時に大阪市からしばらく発表しないように要請があったそうで、理由は石垣が徳川製と分かると大阪市民がショックで倒れるからということでした。

■大阪人のコミュニケーション
東京へ引っ越した大阪人がギリギリ配達圏外ですが、ピザを頼むと案の定、ダメという返事。「家の前に出て、配達エリア内に立っとくから」と粘ってもダメ。「ピザは熱々やけど、心は冷たいんですね」と言ったのに流されます。配達を断られたことよりも最後の言葉を流されたことに腹が立つのが大阪人です。

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地形と水脈で読み解く!新しい日本史

 【書 名】地形と水脈で読み解く!新しい日本史
 【著 者】竹村 公太郎
 【発行所】宝島社新書
 【発行日】2019/08/23
 【ISBN 】978-4-8002-9732-7
 【価 格】880円

■六文銭
木曽義仲が頼朝より早く平家を京都から追い落とした時、平家追討の命を朝廷から受けて、足利義清を大将、海野幸広を侍大将にして追討軍を出しましたが、水軍をもっていなかったこともあり平家と水島で戦い二人とも討死にします。海野家の子孫の一人が真田信繁で真田家の家紋といえば六文銭が有名ですが、三途の川の渡し賃と言われています。海野氏の家系図では水島の戦いで海野幸広が海に落ちた時に、海面に6つの渦が見えたことから六文銭を家紋にしたと伝わっています。

■江戸の上水
水に恵まれなかった江戸では玉川上水や神田上水を作り水を確保しました。木の葉や多摩川の鮎が泳ぐことが時たまありましたが、上水は清潔に保たれ、ゴミを捨てるような不心得者はいなかったようです。ただ下水には不法投棄があったようで禁令がたびたび出ていました。安

■人名(じんみょう)
瀬戸内に浮かぶ塩飽諸島(しわくしょとう)は水軍の本拠です。信長や秀吉に仕え、秀吉は塩飽諸島1250石を船方650名に恩賞として与えていました。大名などに属さない独立した存在となり家康も踏襲しました。幕府から公的に領地所有を認められた共同体「人名」が生まれます。

■奈良湖
奈良の有力貴族は奈良分地の真ん中ではなく周辺に散らばっています。大和川が大阪に流れ出す亀の瀬あたりが地滑りでせき止められ奈良湖になっていたためで、人力で亀の瀬を切り開いて徐々に水位が下がり、壬申の乱には上ツ路、中ツ路、下ツ路が記載されており、この頃には完全に奈良湖がなかったようです。奈良湖があった頃の路が湖沿いにあった山の辺の道で日本最古の道と言われています。

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2019/08/17

日本史長命短命人物列伝

 【書 名】日本史長命短命人物列伝
 【著 者】松尾 和彦
 【発行所】叢文社
 【発行日】2019/04/01
 【ISBN 】978-4-7947-0792-5
 【価 格】2300円


35歳以下で没した448人と85歳以上で没した344人を紹介しています。


■最後の殿様
昭和の初めまで本物の殿様が生きていました。広島藩主・浅野長勲で亡くなったのは1937年。また上総請西藩の藩主・林忠祟は藩主自らが脱藩して幕府側として転戦。1941年まで生きました。


■信長の長男
信長の長男といえば信忠が思い出されますが本当の長男は信正。母親が原因で信長には認められていなかったようです。


■桑名城の戦い
関ケ原の戦いの前哨戦といえば津城の戦いが有名ですが、桑名城でも戦いがありました。豊臣秀吉の家臣で伊勢・近江・越前国内1万石を拝領した寺西直次で、長浜10万石の代官でした。会津征伐に従軍しましたが、石田三成の挙兵を聞くと家康に断って城主の氏家行広とともに桑名城に引き返し籠城。山岡景友、九鬼守隆らの攻撃を受けて山岡の勧めで降伏し城を出たそうです。


■六本木・青山高樹町
高樹、上杉、朽木、青木、片桐、一柳と木に関する六家の中屋敷があったことから六本木となります。高樹家の下屋敷があったところが青山高樹町となりました。


■田中光顕
明治維新で生き残った志士は栄達をはかしましたが、白石正一郎など散々、お世話になったのに恩返しをしたものは皆無でした。武市半平太の妻を探し出して支援したのが田中光顕で、唯一、恩返しをした人物でした。


■立入宗継
正親町天皇と織田信長との間を調整したり石山合戦でも調整にあたった京都の商人です。京都三大祭のひとつ時代祭で織田公上洛列の先頭で馬に乗り登場します。


■大成建設
創業したのは大倉喜八郎で、戒名が大成院で戒名が会社名いなっています。他にもサッポロビールやホテルオークラなどを企業しています。


■宮川助五郎
長州藩の罪状を書いた制札を壊しているところを新選組に捕まったのが土佐藩士・宮川助五郎。寺田屋で坂本龍馬と中岡慎太郎が話をしていたのが、どうも宮川助五郎の話だったようです。潔い態度で捕まったので近藤勇は赦免届を出し、赦免されたのが寺田屋事件が起きた当日でした。


■壬生義士伝
吉村貫一郎といえば新選組に入隊し貰った手当をすべて妻子に送り、剣の腕はめっぽう強いという人物です。鳥羽伏見の戦いのあと、出身の南部藩屋敷で切腹したことになっていますが、実際は明治3年に病死しているそうです。


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2019/08/10

知っておきたい入管法

 【書 名】知っておきたい入管法
 【著 者】浅川 晃広
 【発行所】平凡社新書
 【発行日】2019/03/15
 【ISBN 】978-4-582-85906-5
 【価 格】860円


■ビザとは
日本に来る場合、パスポートを持ってその国の日本領事館へ行って査証をもらいます。査証を出すのは外務省になります。日本に着いて受けるのが入国審査で担当は法務省入国管理局でダブルチェックになっています。よくビザと言いますが、そんな法律用語はなく査証と在留資格をあわせた一般用語として使われています。


■永住者
2018年で約76万人で実質的に移民となりますが日本語能力については問われないなど問題となります。また犯罪をおかすと永住者といえども強制退去の対象となります。帰化によって国民となってしまえば、この心配はいりません。


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2019/08/08

わが夫 坂本龍馬 おりょう聞き書き

 【書 名】わが夫 坂本龍馬 おりょう聞き書き
 【著 者】一坂 太郎
 【発行所】青志社
 【発行日】2019/04/25
 【ISBN 】978-4-86590-081-1
 【価 格】1100円


坂本龍馬の奥さんとして有名な「おりょう」さん。父親は楢崎将作という医者で漢学を学んだ時の同窓が梁川星巌でした。頼三樹三郎とも親しかったため安政の大獄の時に捕まりましたが釈放されていました。勤王派シンパだったようです。楢崎家はもともとは長州の武士だったようです。


坂本龍馬が勝海舟や西郷隆盛、木戸孝允などと手紙をやりとりする時、途中で漏れると危ないので暗号代わりに艶書(恋文)形式でやりとししていたようです。例えば「今宵ひそかに」は「今夜、敵の目をあざむいて」だったそうです。


坂本龍馬やおりょうらが船から徳利を投げて、ピストルで撃って当たらなければ酒を飲むような遊びをしたりと不良夫婦の等身大の姿がよく分かります。


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2019/08/03

戦況図解 信長戦記

 【書 名】戦況図解 信長戦記
 【著 者】小和田哲男
 【発行所】サンエイ新書
 【発行日】2019/07/20
 【ISBN 】978-4-7796-3962-3
 【価 格】900円


太田牛一が書いた「信長公記」は文字が中心ですが地図上にマッピングした本です。桶狭間の合戦、姉川の戦い、長島一向一揆、石山本願寺との戦い、本能寺の変などなど信長の数々の戦いが図示されています。


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