« 2018年12月 | トップページ | 2019年2月 »

2019/01/31

30の神社から読む日本史

 【書 名】30の神社から読む日本史
 【著 者】安藤優一郎
 【発行所】日経ビジネス人文庫
 【発行日】2018/07/02
 【ISBN 】978-4-532-19865-7
 【価 格】800円

三囲(みめぐり)稲荷
大阪には三菱の守護社である土佐稲荷神社がありますが、同じように三井家の守護社は三囲神社で、三越本店屋上には三囲稲荷が祭られています。伊勢松阪出身の三井高利が越後屋(三越百貨店)を「現金掛値なし」の商法で大成功に結び付け、三井高利の孫である高房の時から向島にある三囲神社が守護社になったそうです。

従業員が神官でもあり夢のお告げだったそうですが三囲が三井を守ると読める点にあったのでしょう。三越のマークは三に井桁でしたが昭和のはじめに丸越となります。三井家が三囲神社に奉納した茶釜の台石に彫り込まれていたのが丸越の形だったことに由来しているそうです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2019/01/27

名鉄沿線ディープふしぎ発見

 【書 名】名鉄沿線ディープふしぎ発見
 【著 者】小林 克之
 【発行所】じっぴコンパクト新書
 【発行日】2018/07/11
 【ISBN 】978-4-408-33808-8
 【価 格】900円

■名鉄三河線
東京浅草に神谷バーがありますが、創業者は三河の出身。知立から大浜までの碧南地域に線路敷設の話がきた時に出資。ところが財政難や社長の死亡などから立ち直しのために3代目社長に就任し、現在の三河線につながりました。

■水中翼船「王将」
伊勢の道路沿いにビルの上に水中翼船が飾られているお店があり、目を引きます。名鉄と近鉄が伊勢湾の船の運航で張り合っていた時期があり、水中翼船が導入されました。ところがメンテナンス費がかかり、コストが低い高速船が登場すると置き換わっていきます。伊勢志摩みやげセンターに名鉄海上観光船の水中翼船「王将」が飾られることになります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2019/01/26

日本史の探偵手帳

 【書 名】日本史の探偵手帳
 【著 者】磯田道史
 【発行所】文春文庫
 【発行日】2019/01/10
 【ISBN 】978-4-16-791216-1
 【価 格】630円

■忠誠心なしが当たり前の中世武士
主君のために死ぬなどもってのほかで、呼ばれたら行くのが基本でした。ところが火縄銃が登場し戦法が大きく変化します。逃げずに密集して戦う軍団が必要で作ったのが織田信長。武芸専門のプロを作り、大規模に全国展開したのが秀吉、家康です。

■「武士の家計簿」の猪山家
猪山家は年収の2倍あった借入金を返済し、また経理の知識があったため幕末に没落することもなく、大村益次郎が着目しヘッドハンティング。海軍主計第一号となり大村益次郎が暗殺された後、銅像建設に動いたのが猪山成之です。

■税負担
戦国時代は建物へ課税する棟別銭が中心だったが江戸時代は田畑から税金を取る形に変更。明治中期まで農村が12%ほどの税金だったのに非農業部門は2%という税金だった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2019/01/19

歴史の勝者にはウラがある

 【書 名】歴史の勝者にはウラがある
 【著 者】河合 敦
 【発行所】PHP文庫
 【発行日】2018/12/17
 【ISBN 】978-4-569-76867-0
 【価 格】740円

副題が「日本人が誤解している戦国史」になっています。けっこうメジャーではない人物も取り上げられており、一人は臼井城を上杉謙信の猛攻から守った白井入道浄三で、寡兵でよく天下の名将である謙信の攻撃を防ぎました。もう一人は志賀親次という人物で大友側でしたが島津の猛攻で島津になびくものが多い中、荒城の月で有名な岡城にこもり、付近の城と連携しながら秀吉の島津征伐まで守り抜きました。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

日本プラモデル六〇年史

 【書 名】日本プラモデル六〇年史
 【著 者】小林 昇
 【発行所】文春新書
 【発行日】2018/12/20
 【ISBN 】978-4-16-661197-3
 【価 格】880円

1/700スケールのウォーターラインシリーズや1/35スケールのミリタリーミニチュアシリーズなどを、よく作っておりました。昔はプラモデルが子供の登竜門でしたが、最近はゲームということでプラモデルをつくらない子供も増えているそうです。プラモデルの商標登録をしたのがマルサンという会社で日本最初のプラモデルであるノーチラス号を出しますが結局は倒産してしまいます。スロットレーシングが流行った時の設備投資が原因でした。

ブームになると増産のために設備投資をしますが、見極めが難しいですね。そんな消えていったプラモデルメーカーも紹介されています。メーカーの垣根を超えて連合艦隊を作る構想から始まったウォータラインシリーズやバンダイの電撃機甲師団シリーズなど懐かしいプラモデルの数々が登場します。巻末にはプラモデルに関する年表もついています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2019/01/13

日本の「中国人」社会

 【書 名】日本の「中国人」社会
 【著 者】中島 恵
 【発行所】日本経済新聞社
 【発行日】2018/12/10
 【ISBN 】978-4-532-26393-5
 【価 格】850円

2017年末で日本に住む中国人は約73万人。日本国籍を取得した人を含めると約97万人となり、日本に住む120人に一人が中国人です。中国人と聞くと不法滞在者や爆買いとかすぐにイメージしてしまいますが、いろいろな層が来ています。品川や豊洲などの高級タワーマンションに住む富裕層や日本へ留学してそのまま就職している層も多く、実際にどういった実態なのかを知るとことができます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2019/01/05

軍事の日本史

 【書 名】軍事の日本史
 【著 者】本郷和人
 【発行所】朝日新書
 【発行日】2018/12/30
 【ISBN 】978-4-02-273799-1
 【価 格】810円

副題が鎌倉、南北朝、室町、戦国時代のリアルとなっています。鎌倉時代に戦ったのは武士とその郎党で戦いのプロによる一騎討ちでした。やがて農民が従軍させられるようになりますが、戦いはいやなので戦力にはなりませんしか刀による戦いなどは無理です。そこで登場したのが槍で心理的なバリアをはずします。織田信長が活用したのが鉄砲で、やり方さえ教えれば集団で使うには威力がある兵器となります。

戦いには金がかかるので、最後の手段となりますが戦いを起こした側が目的を果たしたかどうかで勝敗が決まるという考え方は的確ですね。鎌倉の武士の時代からですが、それ以前の白村江の戦いや防人など徴兵していたイメージのある古代の戦いはどうだったのか興味がでてきます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

歴史家と噺家の城歩き

 【書 名】歴史家と噺家の城歩き
 【著 者】中井均、春風亭昇太、齋藤慎一
 【発行所】高心在書院
 【発行日】2018/12/10
 【ISBN 】978-4-86215-187-2
 【価 格】1800円

武田の城である躑躅ケ崎城、要害山城、白山城、新府城を巡る旅。

武田の城といいながら後世の改変も多いため、実際の縄張りを見ながらいろいろと考察しています。例えば武田の本城である躑躅ケ崎城はもともとは本郭だけのいわゆる守護館が基本でした。武田信玄の息子の義信のために新しい郭を作ったとあり、これが当時の大手が西側にあったようなので本郭の横に付けられた西郭のようです。これで聚楽第や広島城とよく似た縄張りとなります。君子南面すという言葉があるように南側に出入口を造らないのが当時の基本だったようで、造るとしたら勅使門になります。

御隠居郭はもともと家臣の郭だったのが、いろいろな郭を付け加える段階で躑躅ケ崎城に取り込まれていったようです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2019/01/01

重ね地図で愉しむ大阪高低差の秘密

 【書 名】重ね地図で愉しむ大阪高低差の秘密
 【著 者】梅林秀行
 【発行所】宝島社新書
 【発行日】2018/12/24
 【ISBN 】978-4-8002-8866-0
 【価 格】1,100円

■キタ、ミナミの由来
大阪は梅田付近をキタ、難波あたりをミナミといいますが、もともとは組の名前。大坂三郷で大阪以北を天満組、大川から本町までを北組、本町以南を南組としました。これが由来となります。

■山崎の鼻
中之島の東端は天神橋筋付近ですが江戸時代は中央公会堂当たりです。備中成羽藩の山崎氏の蔵屋敷があったため山崎の鼻と呼ばれています。

■公儀橋
幕府が作った橋はわずか12で、他は淀屋が作った淀屋橋など民間で約200ほどありました。公儀橋は高麗橋、本町橋、農人橋があり欄干に擬宝珠をつけることができました。天満橋は天正14年(1586年)以前に掛けられていたことがルイスフロイスの記録に残っています。

■空堀
総構の後といは一概に言えず、大坂冬の陣の和睦の条件で総構は埋められてしまいました。大坂の復興をまかされた家康の孫である松平忠明は寺島藤右衛門に命じて、このあたりを瓦の製造拠点にしたようです。土取場として削られていくことになります。その名残として瓦屋町という地名が残っています。この瓦職人がついでに素焼きの土人形を焼いたことから人形のまっちゃまちができることになります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2018年12月 | トップページ | 2019年2月 »