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2018/02/24

日本史のツボ

 【書 名】日本史のツボ
 【著 者】本郷和人
 【発行所】文春新書
 【発行日】2018/02/10
 【ISBN 】978-4-16-661153-9
 【価 格】840円

天皇、宗教、土地、軍事、地域、女性、経済の7つのツボで歴史をおさえます。鎌倉武士の年収は2000万円ほどですが貴族は10倍の2億円程度。「成功(じょうごう)」という官職を買うことが行われていましたが、三河の国の国司を平敦朝という人物が3600貫で買っています。大体、3億6千万円ほどで、国司になれば、それぐらい稼ぐことができます。貨幣経済が浸透したなか、登場したのが織田信長。

当時、上洛という考えが戦国大名の頭になかったなか、上洛を目指した織田信長にあったのは経済・流通の拠点だった京都をおさえることです。後を継いだ秀吉も経済至上主義でしたが家康は銭から石(米)へと経済政策を変更していきます。

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壬申の乱と関ケ原の戦い

 【書 名】壬申の乱と関ケ原の戦い
 【著 者】本郷和人
 【発行所】祥伝社新書
 【発行日】2018/02/10
 【ISBN 】978-4-396-11527-2
 【価 格】800円

不破関、南宮山、松尾山に囲まれた関ケ原。関ケ原の戦いで有名ですが他にも青野ヶ原の戦い、壬申の乱の舞台ともなりました。不破関の東側が関東で、都では西側に関を設けず、東側にだけ設置しました。西から東への逃亡を防ぐとの、東からの侵入を防ぐ狙いがあります。東と西がぶつかる場所でもあります。

伊勢国司の北畠の拠点は陸奥守だった東北にありました。九州から攻め上った足利尊氏に京都を奪われたため、後醍醐天皇の命で京都に攻め上ってきたのが北畠顕家。足利軍とぶつかったのが青野ヶ原(関ケ原)です。結局は突破できず奈良で高師直の軍勢に破れ、堺で討死します。北畠顕家の軍事行動を指揮していたのが結城宗弘でした。

東西がぶつかる関ケ原ですが、家康によって統一されると関ケ原の地政学的な位置が変わり、伊勢-彦根ラインで江戸を守る形へと変貌していきます。


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2018/02/17

戦国武将 お墓でわかる意外な真実

 【書 名】戦国武将 お墓でわかる意外な真実
 【著 者】楠戸義昭
 【発行所】PHP文庫
 【発行日】2017/12/15
 【ISBN 】978-4-569-76789-5
 【価 格】880円

戦国武将のお墓は一人の人物でも複数あり、家来や地元などいろいろな謂れで祀られています。
織田信長、明智光秀、豊臣秀吉、徳川家康、武田信玄、上杉謙信、加藤清正、山中鹿之助、島左近、井伊直親・直政、津軽為信、龍造寺隆信、木村重成、高山右近、内藤如安が取り上げられています。

京都の白川沿いに明智光秀の首塚がありますが、目の前にある餅虎という和菓子屋さんが江戸時代から先祖代々守っています。明智光秀を介錯した家来が知恩院に首を運ぶ途中に夜が明けたので埋めたという説と討ち取られた首が本能寺と粟田口刑場でさらされた後に首塚に葬られたという説があるそうです。

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2018/02/10

歴史の愉しみ方

 【書 名】歴史の愉しみ方
 【著 者】磯田 道史
 【発行所】中公新書
 【発行日】2017/11/30
 【ISBN 】978-4-12-102189-2
 【価 格】740円

帯には累計10万部突破とあり奥付は12版になっていました。

■トカラ列島宝島
幕末に外国と対峙したというと下関戦争や薩英戦争が有名ですが、アングロサクソンと日本人が初めての地上戦を行ったのが宝島だそうです。1824(文政7)年に宝島に英国人(捕鯨船員)が上陸。薩摩藩の詰横目がいたので交渉を行いますが、言葉が通じないので身振り手振りで話をします。野菜などを渡したが対価を払うので牛が欲しいといわれたが、これを拒否。そしたら鉄砲をもって攻撃をしてきたため応戦。英国人一人が戦死し他は逃げ去りました。長い航海で牛が食べたかったのが原因のようです。

■伊勢氏
組織化されると計算が必要となります。奈良時代は民部省に主計寮(かぞうるつかさ)がおかれ、中央財政の収支計算を担当。税は主税寮(ちからのつかさ)が担当します。幕府では政所執事が統括しましすが、この役目を鎌倉時代は二階堂氏、室町幕府では伊勢氏が担当します。この伊勢氏の一人が伊勢盛時で後の北条早雲となります。

■直江兼続
関ケ原合戦が終わったあと、直江状などを送った直江兼続はおとがめなしとなりました。直江兼続が処罰されると毛利や島津の家老連中が次はウチだと領国にたてこまれると大坂城の動きしだいで、どうなるか分からなくなります。それで家康は助命したという話が「玉滴隠見」に掲載されているそうです。

■堅田元慶
毛利輝元の寵臣で、関ケ原合戦で毛利を西軍にした中心人物のようです。安国寺恵瓊が吉川広家に相談したが吉川は毛利秀元と相談した方がよいと言ったのを安国寺恵瓊は無視して毛利輝元に堅田元慶と共に大坂へ来るように要請し、これで石田三成に味方することになります。関ケ原合戦の後、家康は安芸・周防・長門の3国と堅田の切腹を要求しましたが毛利輝元は拒否。周防・長門の2国に減らされてしまいます。

■島津の退き口
島津勢は腰さし鉄砲を侍も足軽ももっていて、すごい重装備の精鋭部隊だったようです。絶大な火力でしたので井伊直政など徳川の要人が軒並みやられてしまいます。

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2018/02/08

グスク探訪ガイド

 【書 名】グスク探訪ガイド
 【著 者】名嘉正八郎
 【発行所】ボーダーインク
 【発行日】2016/07/10
 【ISBN 】978-4-89982-024-6
 【価 格】1800円

沖縄の城というと世界遺産となった首里城、今帰仁城、座喜味城、勝連城、中城が有名ですが、奄美大島諸島、沖縄諸島、先島諸島にはグスクと呼ばれる城が200~300あるといわれています。そのなかから56ケ所が紹介されています。よく売れているようで第6刷りになっていました。

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一揆と戦国大名

 【書 名】一揆と戦国大名
 【著 者】久留島典子
 【発行所】講談社
 【発行日】2001/11/10
 【ISBN 】4-06-268913-8
 【価 格】2200円

「日本の歴史」26巻シリーズの13巻です。一揆といっても江戸時代の百姓一揆ではなく、中世の一揆はある目的をもって組織や集団をつくることでした。神仏に誓う形で一揆を組成し、相互対等の関係でした。この神仏に代わっていったのが戦国大名です。

■徳政令
借金の棒引きですが貸す方にしたらたまったものではありません。大和国宇智郡の百姓連判状が残っていますが、これは蔵本(貸す方)に10年は徳政をしないので、お金を貸してという内容。

■東西の通貨圏
江戸時代に江戸の金遣,大坂の銀遣という言葉が生まれましたが戦国時代にその萌芽があったようです。毛利氏がおさえていたのが石見銀山。銀貨幣の流通が始まります。東国の北条で流通していたのは西国では信用が低下していた永楽銭です。東は銭貨が中心でした。そこで伊勢商人は西国で永楽銭を代金として受け取り東国の支払いにあてていました。信用度が東西で違っていたので為替差益にちかいものが得られたそうです。しかし東でも銭の信用度が落ち始めると金山の多い東国で金を銀山の多い西国で銀が使われるようになります。

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2018/02/02

日本史劇場信長たちの野望

 【書 名】日本史劇場信長たちの野望
 【著 者】金谷俊一郎
 【発行所】ベレ出版
 【発行日】2017/12/25
 【ISBN 】978-4-86064-517-5
 【価 格】1600円

戦国時代を分かりやすく北条早雲から織田信長が本能寺の変で倒れるまで各武将の年齢を記載しており、この歳にあの事件が起きたのかなど身近に感じることができます。例えば桶狭間の合戦は織田信長19歳、今川義元42歳、松平元康(徳川家康)27歳の時でした。三好三人衆と争い、織田信長の上洛を待っていた松永久秀は59歳という、当時ではかなりの高齢だったんですね。

上杉の名跡を継いだ上杉謙信はもともと長尾景虎という名前でしたが、この長尾家は古く、古代の東漢氏(やまとのあやうじ)の子孫。源平の合戦では平家につきますが平家が滅亡するすると鎌倉武士の三浦氏に仕えます。ところが北条氏に三浦氏が滅ぼされることで生き残った長尾氏は関東に入ってきた上杉氏の筆頭家臣となっていきます。

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