なぜ地形と地理がわかると幕末史がこんなに面白くなるのか
【書 名】なぜ地形と地理がわかると幕末史がこんなに面白くなるのか
【著 者】大石 学
【発行所】洋泉社
【発行日】2017/10/19
【ISBN 】978-4-8003-1336-2
【価 格】900円
ペリーが開国を求めて来航しましたが江戸まで入りませんでした。これは当時の国際法に基づくものです。公海、領海、内水(ないすい)に分かれており浦賀から先の江戸湾は内水でした。ペリーが江戸湾に測量船を送り込んだ時、浦賀奉行与力の中島三郎助が内海に乗り入れることは認められないと抗議したことから江戸湾を退去しました。
江戸を守る台場は品川沖に作られましたが、江戸湾には江戸川や多摩川で運ばれた土砂が堆積していて大型船が入れるのは品川沖だけでした。ですので、ここに台場を築けば江戸湾の防衛ができました。
岩倉使節団はアメリカだけでなくヨーロッパもまわり、特にベルギーやスイスをまわり大国に囲まれながら、どうやって独立を維持しているのか学びたかったようです。
淡路島は兵庫県ですが、もともとは徳島藩の筆頭家老だった稲田氏に原因があります。幕末の徳島藩は佐幕でしたが、稲田氏は尊王攘夷派。維新後に淡路は徳島県から分離され兵庫県に所属することになります。
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