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2017/11/23

近鉄沿線ディープなふしぎ発見

 【書 名】近鉄沿線ディープなふしぎ発見
 【著 者】天野太郎
 【発行所】実業之日本社
 【発行日】2017/11/15
 【ISBN 】978-4-408-33746-3
 【価 格】900円

大阪府、京都府、愛知県、三重県、奈良県に拡がる近鉄沿線の謎を紹介しています。

■近鉄京都駅から京阪バスが発車する
京阪電車は京都駅に接続していませんが、なぜか京阪バスが発着しています。もともと近鉄京都線は奈良電気鉄道が持っていた路線で株主は大軌(近鉄の前身)と京阪でした。やがて奈良電気鉄道がなくなる時、電車の路線は近鉄がもち、京都~奈良のバス路線は京阪がもつという形で決着します。

■あべのハルカス
古語「晴るかす」-人の頃を晴れ晴れとさせるから命名

■久宝寺駅
顕証寺の寺内町で久宝寺という名前の寺はありません。飛鳥時代に建立されましたが戦国時代、松永久秀によって灰燼となります。本尊は助け出され念仏寺へ納められることになりました。

■藤井寺
百済からの渡来人を祖とする葛井連が建立したのが葛井寺(ふじいでら)ですが平安時代には荒廃していました。大和国軽里の藤井安基が復興に尽力したため藤井寺と呼ばれるようになりました。


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2017/11/18

未来の年表

 【書 名】未来の年表
 【著 者】河合雅司
 【発行所】講談社現代新書
 【発行日】2017/06/20
 【ISBN 】978-4-06-288431-0
 【価 格】760円

100年前4千万人ほどだった日本の人口が1億2千万と3倍となり右肩あがりの人口増加でした。これから100年、今度は5千万人まで減少するとんでもな事態となります。右肩上がりの人口を前提とした社会システムでは絶対になりたたないことがよくわかる一冊です。2020年女性の半数が50歳超え、2033年3戸に1戸が空家になど具体的に何が起きるかを人口統計などをもとに分析しています。出生率が1.4ほどになっていますが、折り紙を半分に折って、また半分に折って人工はこうやって減少していくという例えはイメージしやすいです。

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お姫様は幕末明治をどう生きたのか

 【書 名】お姫様は幕末明治をどう生きたのか
 【著 者】河合 敦
 【発行所】洋泉社歴史新書
 【発行日】2016/01/23
 【ISBN 】978-4-8003-0801-6
 【価 格】930円

幕末の動乱を大名の姫たち15人がどう生き抜いたのかを追っています。家定の正室となった篤姫や家茂の正室となった和宮も登場しますが、あまり知られていない姫についても書かれています。慶喜の側室だったのが新村信。家は下級旗本の松平家。側室になる時に一橋家の用心だった新村猛雄の養女となります。また新村猛雄は明治20年代にも養子をもらい、これが後に広辞苑を生み出す新村出でした。

伊達家の娘だったのが伊達保子。亘理(わたり)伊達家へ嫁ぎます。戊辰戦争が終わると分家の亘理領が大いに減らされ生きる道は蝦夷開拓しかありませんでした。新政府からの支援もなく苦労続きでしたが私財を投じるなど、ようやく成功させます。伊達保子は「伊達開拓の母」と呼ばれるようになります。


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2017/11/15

江戸の居酒屋

 【書 名】江戸の居酒屋
 【著 者】伊藤善資
 【発行所】洋泉社
 【発行日】2017/10/19
 【ISBN 】978-4-8003-1325-6
 【価 格】950円

お酒にまつわる逸話がたくさんの本です。

杜氏-自家で酒を作るのは主婦で刀自と尊称されたことから杜氏に

平城京の酒造司で作られたのは清酒、浄酒、白酒、黒酒、濁酒

四文屋ー江戸時代の100円ショップですべて四文

お鉢がまわってきたーお酒を飲みまわす風習から順番を指す言葉に


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なぜ地形と地理がわかると幕末史がこんなに面白くなるのか

 【書 名】なぜ地形と地理がわかると幕末史がこんなに面白くなるのか
 【著 者】大石 学
 【発行所】洋泉社
 【発行日】2017/10/19
 【ISBN 】978-4-8003-1336-2
 【価 格】900円

ペリーが開国を求めて来航しましたが江戸まで入りませんでした。これは当時の国際法に基づくものです。公海、領海、内水(ないすい)に分かれており浦賀から先の江戸湾は内水でした。ペリーが江戸湾に測量船を送り込んだ時、浦賀奉行与力の中島三郎助が内海に乗り入れることは認められないと抗議したことから江戸湾を退去しました。

江戸を守る台場は品川沖に作られましたが、江戸湾には江戸川や多摩川で運ばれた土砂が堆積していて大型船が入れるのは品川沖だけでした。ですので、ここに台場を築けば江戸湾の防衛ができました。

岩倉使節団はアメリカだけでなくヨーロッパもまわり、特にベルギーやスイスをまわり大国に囲まれながら、どうやって独立を維持しているのか学びたかったようです。

淡路島は兵庫県ですが、もともとは徳島藩の筆頭家老だった稲田氏に原因があります。幕末の徳島藩は佐幕でしたが、稲田氏は尊王攘夷派。維新後に淡路は徳島県から分離され兵庫県に所属することになります。


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幕末武士の京都グルメ日記

 【書 名】幕末武士の京都グルメ日記
 【著 者】山村竜也
 【発行所】幻冬舎新書
 【発行日】2017/07/30
 【ISBN 】978-4-344-98465-3
 【価 格】780円

副題は「伊庭八郎征西日記を読む」となっています。21歳の幕臣である伊庭八郎が将軍・徳川家茂の警備のために上洛することになり、その日記です。幕末の京都というと騒然としたイメージがありますが、日記を見るといろいろと観光に行き、ウナギやらいろいろな名物を食べたりけっこう平穏無事に過ごしていることがよくわかります。勤務は夜勤もありますが4日に1日程度の出仕でのんびりとした勤務だったんですね。

家茂が船で江戸へ戻るために大坂へ行った時は暗峠を超えて奈良まで一泊旅行もしています。伊庭八郎は陸路で江戸にもどることになりますが大津、草津を超えて石部宿で川留に会った時に新選組による池田屋事件が発生し、急遽、京都へ戻る以外はのんびりしたものです。途中、弟の具合が悪くなった時は亀山宿で藩主から医者を世話してもらうなどしていました。伊庭八郎は心形刀流の跡取りで剣士だったことから一目おかれていたようです。無事に帰った伊庭八郎ですが、そのあとは幕末の動乱に巻き込まれます。

家茂の2回目の上洛にも付き従います。徳川慶喜の軍制改革では遊撃隊入りし戊辰戦争を戦います。恭順を決めた遊撃隊から離れ、函館まで転戦。幕臣としての矜持をつらぬき五稜郭で亡くなりました。26歳でした。

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