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2015/07/17

続 誰も書かなかった日本史「その後」の謎

 【書 名】続 誰も書かなかった日本史「その後」の謎
 【著 者】雑学総研
 【発行所】中経の文庫
 【発行日】2015/06/28
 【ISBN 】978-4-04-601305-7
 【価 格】650円

日本史で話題となった人物のその後や子孫について書かれています。

■冷泉家
同志社大学の隣にあり、和歌で有名な家です。藤原定家の息子が藤原為家。この為家の助手になったのが阿仏尼で、やがて為家の側室になります。為家がなくなった後に起きたのが本妻側との相続争い。鎌倉の問注所(裁判所)まで持ち込まれて争われますが、阿仏尼が生きている間に決着はつきませんでしたが、最終的には阿仏尼の息子である為相が勝利。そして冷泉家を起こし和歌の家を継承していきます。

■プチャーチン
幕末、日本との通商条約を結ぶために来日したのがロシア海軍提督・プチャーチン。条約を締結する前に起きたのがディアナ号沈没事故で、プチャーチンを乗せたディアナ号が下田に入港中に、安政東海地震で津波による被害を受けます。修理ができる戸田(沼津)まで航行することになりますが、途中で沈没しそうになったところを戸田の住人が親身に助けてくれます。

プチャーチンはロシアに戻っても恩を忘れず家紋に侍を描き、亡くなった後はプチャーチンの長女が戸田を訪れます。遺言に遺産の一部を戸田の住民に渡してほしいとあったためです。


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