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2013/09/03

近江の城

 【書 名】近江の城
 【著 者】中井 均
 【発行所】サンライズ出版
 【発行日】2000/6/30
 【ISBN 】978-4-88325-114-8
 【価 格】1200円

滋賀県教育委員会が1982年から10年かけて行った中世城郭の調査の結果、滋賀県内には1300もの中世城郭跡があることが判明。特に甲には300も分布していて同名中惣と呼ばれる擬制的血縁関係が特に強い土地だったようです。

■穴太衆
安土城の石垣は穴太衆が積んだと、まことしやかに言われていますが、どうも違うようで石垣を作る技術は寺院が抱えていた職人が持っていました。安土城の築城ではいろいろな寺院の職人集団が参加したため積み方もいろいろ。ところが城造りが終わった後、他の職人集団が元の寺院建設へ戻ったのに対し、穴太衆は石垣の時代がくると石垣積み専門集団に脱皮し、名前が後世に伝ったようです。

■敏満寺城
阪神高速の多賀サービスエリアが敏満寺城跡にでき、サービスエリア横の公園に堀や土塁が残っています。当時の寺院は城でもあり、信長が延暦寺や本願寺と敵対したのもよく分かります。敏満寺城と同時期に浅井長政に攻められて落城したのが久徳城。城のあった久徳では3月16日が落城の日で「ジンバライ」と称し、村中で仕事を休み、城主の墓へ参る慣わしが明治まで続いていたそうです。


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