「朝敵」から見た戊辰戦争
【書 名】「朝敵」から見た戊辰戦争
【著 者】水谷 憲二
【発行所】洋泉社 歴史新書
【発行日】2012/12/21
【ISBN 】978-4-8003-0055-3
【価 格】890円
幕末、京都で幕府側として活躍したのが桑名藩と会津藩。一会桑と呼ばれていました。一橋慶喜、松平容保(京都守護職・会津藩主)、一橋慶喜、松平容保(京都所司代・桑名藩主)の三者により構成された体制で会津藩主と桑名藩主は兄弟でした。
ところが薩長との対立で朝敵になってしまいます。鳥羽伏見の戦いで敗れた一橋慶喜、松平容保、一橋慶喜、松平容保は江戸へ。大変だったのは殿様がいなくなった桑名藩。新政府軍が迫る中、城を枕に討死になど色々な意見が出ますが、最終的には恭順になります。殿様につき従っていた主戦派の連中は、最終的に新撰組などに加盟して函館まで戦い続けます。
桑名藩は恭順から、最終的に新政府軍から許されるのですが、そこまでにあった色々な出来事が描かれています。ほとんど同じ立場だった会津藩がなぜ無血開城ではなく徹底抗戦になってしまった顛末についても書かれています。いろいろと事情があったんですね。
鳥羽伏見の戦いで、幕府側だった津の藤堂藩が淀の砲台を守っていましたが錦の御旗がひるがえったため、新政府軍に寝返ります。無血開城した桑名に進駐してきたのが尾張藩と津藩。これがために同じ三重県内ですが桑名と津の仲が悪かった時代がずっとありました。
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