本能寺の変
【書 名】本能寺の変
【著 者】樋口晴彦
【発行所】学研新書
【発行日】2008/8/8
【ISBN 】978-4-05-403857-8
【価 格】740円
いろいろ謀略説などがある「本能寺の変」ですが、本当のところはどうだったのか分かりやすく書かれています。
まず光秀像ですが決して線の細い人物ではなく、乱世で頭角をあらわす武将ですので、普通の人間ではありません。ハイリスク・ハイリターンであってもチャンスと考えたら飛びつきます。
信長に仕えていたところ、信長と後継者である信忠が兵力もなく京都の中心にいて、たまたま近くで自分が動員できる兵がいたという偶然が重なりました。信長を倒しても、信忠が生き残れば織田軍を再編成して攻撃されてしまいます。信忠は本来、家康と堺に行く予定でしたが、たまたま変更してしまいました。目の前にチャンスがころがりこんできて、素早く計算した結果でした。
誤算は秀吉です。この本では光秀が秀吉に信長を倒したことを知らせる使者を送ったと推察しています。金ケ崎の退キ口で一緒に戦い、尾張や美濃の本流ではないので、お互いに協力しあっていました。光秀が想定していた敵は柴田勝家で、毛利に伝わるよりも早く秀吉に伝えたのは毛利と対峙している秀吉が総崩れなるのを防ぐための時間的手当を与えるためでした。ところが、ちゃっかり和平交渉をまとめてしまいます。
秀吉は中国大返しを行いますが、摂津を光秀におさえられるとなんともならず、ただそうなったら光秀の有力家来でもいいと考えていたようです。勝家とは犬猿の仲ですので、二人して勝家と決選したでしょう。
■愛宕山
家康が堺から岡崎へ逃げ帰る途中、甲賀の小川城へ泊まりました。城の社にあった愛宕権現の地蔵をもらい、後に江戸の丘に祭ったのが、「愛宕の山に入りのころ」と歌われた愛宕神社となりました。
| 固定リンク
コメント