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2005/11/09

民博誕生 館長対談

 【書 名】民博誕生 館長対談
 【著 者】梅棹忠夫
 【発行所】中公新書
 【発行日】1978/10/15
 【価 格】440円



古本屋で見つけてきました。読み終わって書棚に入れようと思ったら同じタイトルの本がありました。いつもの二重買いですねえ。

当時、国立民族学博物館館長だった梅棹先生との対談集をまとまたものになっています。

■ミンパクの展示物
小松左京氏との対談で、はっきり「ガラクタ」と言っております。

世界中の古い物置の隅からかっさらってきたもので、国立古道具屋だそうです。ただガラクタなので、ほっといたら焚き付けに使われてしまいます。後から探すことは困難で、そこで焚き付けにならないうちに集めています。

■渋沢敬三
国立民族学博物館を作ろうという話は昔からあり、最初に言い出したのは渋沢敬三氏でした。財団法人民族学振興会が作られ、この運動が続いていたおかげです。最初に計画が出来たのが1935年。

万博の跡地をどうするかとい議論になった時に跡地に民博を作ろうと梅棹先生が策謀を巡らし出来上がりました。

■知的生産の技術
設計は黒川紀章氏で回遊式の博物館が誕生します。色は黒を基調に博物館ではなく博情館を目指しました。ビデオテークを作ったりコンピュータを導入したり、民博友の会という市民と博物館を結ぶシステムを作るなど壮大なレベルでの知的生産の技術の現場になっています。

■町人がささえる大阪
司馬遼太郎氏との対談に載っています。

天神祭も戦前までは船場の旦那衆が運営していたそうです。祭りなので赤字になれば月の当番が穴埋めしていましたが穴埋めしたことは誰も言わなかったようです。戦後、船場の商店が商社になると天神祭りの運営が困難になったのは当然ですね。

■大阪を燃やせ?
幕末に山内容堂が建白書を出したそうです。内容は大阪を焼いてしまえでした。外国がもし攻めてきたら大阪港に入られ外国が橋頭堡を作ってしまう。傑作なのはもう一つの理由で大阪人はすぐに外国を受け入れてしまうだろうということです。

商売人の町なので経済には国境がありませんからね。さすがに幕府は建白書をにぎりつぶしたそうです。


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