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2005/09/06

ひとびとのあし音(上)

 【書 名】ひとびとのあし音(上)
 【著 者】司馬遼太郎
 【発行所】中公文庫
 【発行日1983/8/25
 【価 格】450円(上下で 古書値)



京都の「春の古書市」で見つけてきた本です。

パラパラと見たら、正岡子規や秋山兄弟の名前が出てくるので「坂の上の雲」の資料本か何かと思って買ったのですが、読んだら現代に続く「坂の上の雲」のような作品で、とっても面白い内容でした。

司馬遼太郎氏にこんな作品があったとは知らなかったですね。

タクシーに乗った司馬遼太郎氏が阪急本社を探すところから物語はスタートします。かって阪急に勤めていた忠太郎という人物を調べるためで、この人物は正岡子規の養子です。

そこから、正岡子規を看病した妹の律のその後や、秋山家の話等、皆、司馬遼太郎が知り合った人々の物語です。皆さん、この本が出る少し前まで存命だったんですね。

■秋山好古
秋山真之の四男が小学生の低学年の時に、秋山好古に「伯父さんは戦争の時に負けてばかりいたんだってね」と言ったことがあるそうです。

四男はどこかでおじさんは負けてばかりいたということを聞いて、子供ごころに異様な衝撃を受けたようです。

そこで、勇を鼓して聞いたそうで、伯父さんに否定ほしかったそうですが、好古は読んでいた新聞を横にやって「そうだ、伯父さんは負けてばかりいた」と言ったそうです。また「負けてばかりいたが、伯父さんは逃げなかったぞ」と言ったそうです。

当時の日本騎兵がロシアのコサック騎兵にかなうわけがないので、穴の中から優勢な火力でふせぐという戦いをしていました。

日本に勝機があるとすると逃げないことだけで、弱い左翼を受け持った好古が破られると日本軍の後方にまわられ、戦いの全てを失ってしまいます。そこで、そういう返事をしたようです。子供心に「逃げなかったぞと言われても」という逸話が出てきます。

■西沢島
正岡子規の養子であった忠太郎の友人が出てきて、その親父が西沢吉治という人物で実に豪快な人物だったそうです。

明治5年に福井県の鯖江で生まれ、明治40年の時に香港沖の無人島に上陸して西沢島と名付け、色々と設備を持ち込んでリン鉱石を採掘して売っていました。

西沢島憲章を作り、300名ほどが島にいましたが、紙幣も発行していましたから独立国ですね。

ところが清国が翌年やってきて、ここは清の領土だから返せという話になり政府間交渉に

日本からは3隻の軍艦がやってきます。軍艦「明石」の艦長が鈴木貫太郎、「音羽」艦長が秋山真之で、秋山家との親交はこの頃から始まるようです。

西沢吉治は、これで大損してしまいますが、めげない人で、今度は南方の開発に行ったり、そこが駄目ならと大正10年にはウラジオストックにシベリア開発会社を作ります。

この時、樺太の北半分に西沢領と書き込んでいましたので、もう一度独立国家を作るつもりだったようです。

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