古都発掘
【書 名】古都発掘
【著 者】田中 琢編
【発行所】岩波新書
【発行日】1996/11/20
【ISBN 】4-00-430468-7
【価 格】660円
よく近鉄電車で八木で乗り換えて伊勢の方へ行きますが、ランドマークとなるのが耳成山です。この山から南側の飛鳥にむかって広がっていたのが藤原京です。
また西大寺でよく乗り換えますが、このあたりは平城京の都があったところです。この二つの古都について書かれた本です。
●藤原京という名前はない
「藤原宮」という言葉は文献に出てきますが「藤原京」という言葉はありません。当時は「京」や「京師」と普通名詞で呼んでいたそうです。藤原京というのは歴史家の喜田さんが提唱された名前で、これが通称になっています。
●日本書紀の書かれた時期
「評」「郡」はどちらも「こおり」と読み昔の地域の単位でした。「評」は701年の大宝令が施行されるまで使われ、この後は「郡」となることが木簡から確かめられたました。
ところが日本書紀の大化の改新の詔の記述には「郡」が使われており、これは日本書紀を編纂した時の知識によって書いていることになり、日本書紀も注意して読まないと駄目ということが分かったそうです。
●平城京は「へいじょう」ではない。
「へい・じょう」は漢音、呉音の組み合わせでありえず、本当は「ヘイ・ゼイ」か「ヒョウ・ジョウ」のいずれかで呼んでいたはず。
●朝礼、朝廷
平城京では儀式があると、朝庭と呼ばれる広場に整列し、夜明けと共に朝堂の席につき執務をしました。朝礼や朝廷という言葉はここからきているそうです。
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