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2005/01/18

文学館探索

 【書 名】文学館探索
 【著 者】榊原 浩
 【発行所】新潮選書
 【発行日】1997/9/25
 【ISBN 】4-10-600524-7
 【価 格】1200円



1994年12月から1996年9月まで朝日新聞社名古屋本社版に「文庫探索」として連載されたものに加筆したものです。東海地方が比重的に多くなっていますが、北海道から九州まで載せられています。

■狩野亨吉文庫(東北大学)
江戸中期の思想家の安藤昌益を掘り起こしたことで有名な方で漱石の親友です。

人のいい人だったようで連帯保証してた友人の破産してしまいました。教え子などが援助の手を差し伸べたんのですが断わって、学生時代から集めた古書6万冊を手放します。これが文庫の元になります。東京からの移送には狩野の教え子で、古本屋を始めたばかりの岩波茂雄(岩波書店の創業者)が協力しています。

■斯道文庫(しどうぶんこ)<慶応義塾大学>
この文庫で育った有名な書誌学者は今やイギリスものですっかり有名なリンボウ(林望)氏です。

阿部教授が書誌学を教えたそうで、「現物をちゃんと見ろ。誰々がこう言っているなどとは言うな。自分で手にとって、自分で考えろ」が口癖で、この教えが林望氏の「ケンブリッジ大学所蔵和漢古書総目録」などに結実されています。

■大惣
有名な貸本屋の大惣の話が早稲田大学演劇博物館のところに出ています。

名古屋市中区錦2丁目あたりにあったそうで、明和年間(1764年頃)に大野屋惣八が始めた本屋です。曲亭馬琴や十返舎一九ら江戸時代の劇作者と親交を結び、京都、大阪、江戸にも知られた日本最大級の貸本屋でした。

坪内(小説神髄などで有名な文豪)も日参したそうで、土蔵の中で近松などを読みあさったそうです。大惣は1897年に4代目が亡くなり売りに出され、本は四散してしまいました。

坪内はシェークスピアの日本への紹介や翻訳などを行い、それが今の演劇博物館の元になっています。

■野上記念法政大学能楽研究所
生駒山の麓にある宝山寺の名前が出ていました。別名「般若窟」で、般若窟文庫というのが能楽研究所に入っています。宝山寺には金春家旧伝文書が伝わっているそうで世阿弥や金春禅竹の自筆本も伝わっています。宝山寺が能楽に関係したとは知りませんでした。

■信州風樹文庫(諏訪市)
戦後、田舎では本を手に入れるのも大変で、村の先輩だった岩波茂雄に頼もうと上京して交渉して、ようやく本を手に入れました。

リュックに本を詰めていると、ヤミ米の買い出しと間違えられたりしたそうです。村で買えるようになったら自分らで買うので、それまでは寄付してほしいという申出に岩波書店はOKを出し、それ以来新刊が出るたびにずっと岩波書店から本が送り続けられました。

1982年に岩波が出した「レオナルド・ダ・ビンチ 解剖手稿」(定価150万円)も納本義務のある国会図書館に有料で納めたのに、ここには無料で寄贈しました。岩波の絶版書も全部ある貴重な文庫になっています。

■蓬左文庫(ほうさぶんこ)
尾張徳川家に伝わった文庫が元になっています。蓬左というのは名古屋の別称です。熱田神宮(海に近く、こんもりとした森に覆われている)を不老不死の仙人の住む「蓬が島」と見る伝説があり、名古屋城から熱田神宮は左に位置することから蓬左城と呼ばれました。

■村上忠順文庫(刈谷中央図書館)
若き森銑三が蔵書の分類、整理をして、これが刈谷図書館の蔵書となりました。森銑三もこの作業を通じて古書に親しみ、近世文芸史家として著名となるきっかけにもなりました。

索引は巻末にあるし、いい本ですよ。書名から検索できるのはすごいですね!

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