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2004/09/06

出版界の三茂雄

出版界の三茂雄

昭和の出版界に多大な貢献をした三人の茂雄がいます。

■反町茂雄  古書肆 弘文荘主人

東京帝国大学卒業後、今も神田にある一誠堂に丁稚として入りました。後に独立して弘文荘という古書目録販売の古書肆主人に

昭和の大戦の混乱期などに旧家などから大量に売り出された古典籍を買いささえ周到に調査を行い、世の中に紹介を行いました。古典籍の価値を高めた第1人者です。

平凡社から「一古書肆の思い出」全5巻が出ています。ときたま古本屋の棚で見つけられます。大正、昭和の古書業界がよく理解できる一品です。また弘文荘が出した古書目録は非常に資料的価値が高いため古書値も高値で取引されています。東京の古書展で38号(昭和46年)が5千円で販売されていて、おもわず買ってしまいました。



■岡 茂雄  文化人類学の岡書院 山岳関係の梓書房の創立者

岡茂雄というとまず名前が出てくるのが南方熊楠です。熊楠との交遊から熊楠全集につくした努力など実に息の長い出版活動でした。また柳田国男との交遊も深く、時には喧嘩したりなどたいへんだったようです。アイヌ研究家の金田一を援助し、世に送出した人でもあります。

岡茂雄については中公文庫から「本屋風情」が出ています。これを読みますと今、発売されている広辞苑などの生まれた経緯などが分かります。

広く百科的な内容の辞書ができないだろうかと岡茂雄が新村先生のところへ話を持ち込みこれが辞苑となり、その後新村先生の息子の猛さんに受け継がれ改訂版となり現在、岩波から出ている広辞苑になったそうです。あと文化人類関係では「ドルメン」という雑誌を作ったことでも有名です。

「本屋風情」ですが、もともとは昭和49年に平凡社から出ており、京都古書まつりで偶然に掘り出せました。日本古書通信の探書コーナに出すような本なのであきらめていたのですがラッキーでした。
▼岡茂雄
閑居漫筆
炉辺山話



■岩波 茂雄  ご存じ岩波書店の創立者

安倍 能成著の「岩波茂雄伝」(岩波書店 昭和32年)があります。

岡茂雄とも交遊があり「本屋風情」の方には岩波茂雄の記述がありますが「岩波茂雄伝」の方にはありません。

岩波書店ももともとは古本屋からスタートしたのは皆さんご存じのとおりで、岩波が偉かったのはその頃、値引き販売ばっかりだった古本に定価をつけて販売したことです。

最初は客とのトラブルとかが多かったのですが次第に受け入れられました。皆さんも古本買うときに後ろに親父が記入した売値を見て別に値引きを要求せず買ってますね。あれは岩波が始めたものです。

また古本から出版(処女出版が漱石だとよく言われますがその前後のいきさつも載っています)の方に比重を移した時も新刊本を小売(つまり本屋)が値引き販売していましたが岩波ではその値引き分をあらかじめ引いて卸値として卸し、本屋には定価販売で売ってもらうようにしました。これも受け入れられて現在、新聞業界ともども制度撤廃反対をしている再販制度につながっています。もちろん委託販売でなく買取です。



以上、この3人に関する本を読むと新刊、古書いずれも含めて本屋世界の歴史がよくわかります。もう少し歴史的になると岩波書店から「東西書肆街考」という本(脇村義太郎著)がいいでしょう。一番古い本の街である京都や大阪と明治になって誕生した神田の歴史が理解できます。各年代ごとの本屋地図がなかなか参考になります。

■読書手帖/引用の織物 「東西書肆街考」

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『東西書肆街考』 脇村義太郎著 岩波新書 1976-06-20 この本はⅠ京洛書肆街考とⅡ神田書肆街百年の2部構成になっています。日本最古に書肆街、京都と... [続きを読む]

受信: 2004/09/06 21:57

» 〔133〕 出版界の三茂雄 [読書手帖 / 引用の織物]
「水谷哲也 読書日記」より、「出版界の三茂雄」を紹介します。それは反町茂雄、岡茂雄、岩波茂雄さんのことです。本好きの方はぜひ一読を。 なぜこれを取り上げた... [続きを読む]

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