2018/07/15

逆転した日本史

 【書 名】逆転した日本史
 【著 者】河合 敦
 【発行所】扶桑社新書
 【発行日】2018/07/01
 【ISBN 】978-4-594-07993-2
 【価 格】830円

最新の学説などによって日本史がけっこう変わっています。昔、源頼朝像と習った肖像画はどうも足利直義らしく、蒙古襲来絵詞では竹永季長に向かって矢や”てつはう(手榴弾)”を投げつけている蒙古兵は、江戸時代に書き足したようです。最初は逃げる蒙古兵を追うシーンで描かれた模様。

■薬子の変 → 平城太上天皇の変
薬子というのは平城天皇に嫁いだ娘の母親。女官でついてきて平城天皇の寵愛を受けることになります。病気もあり弟の嵯峨天皇に攘夷しましたが、もう一度復権しようとしたのが平城太上天皇の変で薬子が主体的に動いたわけではなく、変わったそうです。

この騒ぎで嵯峨天皇の皇太子だった高岳親王は平城天皇の子供だったこともあり廃され、仏門に入ります。唐へ渡り修行し、最後はインドにまで修行の旅に出かけ途中で亡くなったようです。こんな歴史もあったんですね。

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2018/07/14

天下分け目の関ケ原の合戦はなかった

 【書 名】天下分け目の関ケ原の合戦はなかった
 【著 者】乃至政彦、高橋陽介
 【発行所】河出書房新書
 【発行日】2018/04/15
 【ISBN 】978-4-309-24860-8
 【価 格】1,600円

関ケ原の合戦といえば、豊臣家の簒奪を狙う徳川家康が上杉征伐に乗り出したすきに、石田三成が挙兵。関ケ原を舞台に東西両軍が戦い、西軍有利だったが小早川秀秋の裏切りで一気に東軍が勝ったというのが従来の説ですが、1次資料によるとそんな話じゃなかったようです。

・秀吉の遺言では徳川家康と淀君を結婚させ伏見で政権をにない、秀頼が成人した時に政権を返す約束でした。阻止しようとしたのが大野治長と土方雄久。家康暗殺計画を企画します。
・石田三成は朝鮮出兵時の事件で険悪となっていた諸将に襲われ、奉行職をとかれてから佐和山に逼塞した後も家康とは関係良好でした。家康暗殺計画も家康に知らせ防いでいます。
・家康が上杉景勝征伐に動いた時にクーデターを起こした首謀者は毛利輝元でした。
・西軍全体を指揮していたのは大坂城にいた増田長盛で、美濃方面は長束政家と安国寺恵瓊が指揮していました。大垣城と南宮山の陣地で東軍と対しましたが歴戦の諸将が揃っている東軍は赤坂から垂井まで占拠し、東山道がおさえられたため近江との連絡路が確保できなくなります。
・石田三成は全体を指揮していた増田長盛に伊勢など攻めず、美濃に軍勢を集めるように依頼していましたが、うまくいかず、そこへ小早川秀秋が松尾山を抑えてしまいましたので、これで連絡路が遮断されることから大垣城を出て小早川攻めに関ケ原の西にある山中へ出陣。松尾山の北側にある自害ケ峰の陣をおきます。関ケ原よりの場所に布陣していたのが大谷吉継で、ここに東軍の先手が攻め込み、小早川も攻めたため次々と陣が崩れ、西軍敗退となります。

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2018/07/04

江戸時代の不都合すぎる真実

 【書 名】江戸時代の不都合すぎる真実
 【著 者】八幡 和郎
 【発行所】PHP文庫
 【発行日】2018/06/15
 【ISBN 】978-4-569-76742-0
 【価 格】780円

江戸時代はエコでよかったといった賛美論がありますが、恵まれていたのは江戸の民衆だけで何回も飢饉で餓死者が出るなど大変な時代でした。

島津氏の元は秦氏で惟宗朝臣を名乗っていました。秦氏の祖は秦の始皇帝と伝わっています。やがて近衛家につかえ近衛家が南紀州にもっていた荘園の名前から島津となります。室町時代頃から源頼朝の子孫という話も伝わっており、幕末に島津が将軍になる可能性があると一部で言われたようです。現在も鶴岡八幡宮で行われる源頼朝の催しで子孫代表として島津宗家が参加しています。

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2018/06/16

古本乙女の日々是口実

 【書 名】古本乙女の日々是口実
 【著 者】カラサキ・アユミ
 【発行所】皓星社
 【発行日】2018/04/30
 【ISBN 】978-4-7744-0659-6
 【価 格】1,000円

古書マニアのあるあるが四コマ漫画とエッセイで紹介されています。男性が書いた本はまあまああるんですが、女性で古書マニアというのは珍しいですね。装丁が凝っていて、帯がいかにも古書という雰囲気を出しています。奥付にはいかにも古書風の値札がついています。凝っていますねえ。

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未来の年表2

 【書 名】未来の年表2
 【著 者】河合雅司
 【発行所】講談社現代新書
 【発行日】2018/05/20
 【ISBN 】978-4-06-511768-2
 【価 格】840円

前作の「未来の年表」はマクロ的な話でしたが、今回は身の回りではどういうことになるかに焦点をあてています。面白かったのが都市銀行口座への預金移動。地方に住む親が亡くなり遺産があると、地方銀行や信用金庫の口座に入っていると都会に住んでいる子供は使いにくいため必然的に都市銀行への移動させることになります。遺産マネーが東京に集中することになります。

また都会では秒刻みで電車が運行されますが高齢者が増えることで乗り降りに時間がかかり、現在のスピードについていけない乗降客が増えることでダイヤが乱れるのが日常茶飯事となっていきそうです。

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2018/06/09

日本と世界がわかる最強の日本史

 【書 名】日本と世界がわかる最強の日本史
 【著 者】八幡 和郎
 【発行所】扶桑社新書
 【発行日】2017/04/20
 【ISBN 】978-4-594-07626-9
 【価 格】880円

「雄略天皇の半島支配を中国は認めていた」などいろいろな視点を提供している本です。

倭王武(雄略天皇)が中国に出した上表文「昔からわが祖先は、みずから甲冑をつけて、山川を越え、安んじる日もなく、東は毛人を征すること五十五国、西は衆夷を服すること六十六国、北のほうの海を渡って、平らげること九十五国に及んでいます」。大和を中心に東西に支配を拡げ、朝鮮半島にまで進出したというのが当時の認識だったと分かります。神武東征はあったかもしれませんが、創業期に日向から出てきた記憶が残っているだけで、父祖の地として大切にしたのでしょう。

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2018/05/16

阪堺電車 177号の追憶

 【書 名】阪堺電車 177号の追憶
 【著 者】山本 巧次
 【発行所】ハヤカワ文庫
 【発行日】2017/09/20
 【ISBN 】978-4-15-031296-1
 【価 格】640円

大阪と堺を結ぶ路面電車をテーマに昭和8年から平成29年までの物語がつづられていますが、これが物語通しがうまくつながって、しかも毎回ちょっとした、どんでん返しがあって楽しめる一冊です。

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2018/05/12

その後の廃城

 【書 名】その後の廃城
 【著 者】今泉慎一
 【発行所】じっぴコンパクト新書
 【発行日】2018/03/15
 【ISBN 】978-4-408-00910-0
 【価 格】850円

明治維新で老朽化し不要となった城の建物などが次々と競売にかけられ無くなっていきました。跡地には遊園地ができたり、いろいろな変遷となります。

五稜郭では堀の水が良質だったため、堀で氷を作り函館氷として全国に売り出します。それまでは海外から高い氷を輸入していましたが、一気に国産化できました。ひこにゃんで有名な彦根城天守もつぶされる運命でしたが、まったをかけたのが行幸していた明治天皇。進言したのは大久保利通と天皇の従弟だった、かね子(仲人が井伊直弼)のようです。現存している城にはいろいろな物語がありました。

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ルポ中国「潜入バイト」日記

 【書 名】ルポ中国「潜入バイト」日記
 【著 者】西谷格
 【発行所】小学館新書
 【発行日】2018/04/03
 【ISBN 】978-4-09-825328-9
 【価 格】800円

上海の寿司屋でのバイト、反日ドラマのエキストラに日本兵の役で出演、パクリ遊園地のショー出演、ホストクラブでの接客バイトの他に婚活パーティでのお見合いや日本へ戻ってからは爆買いツアーガイドや留学生の管理人などを経験。等身大の中国の実態がわかる一冊です。

ですがバイタリティあふれている点は日本も見習うべきで、面接などは速攻で決まり、面接相手が外国人でもかまわずに採用。同僚となった中国人も特に日本人とは意識していません。物事が決まるのがスピーディーで、とりあえずやってみようが基本です。中国での部屋探しはチャットアプリで効率的なのに対して、日本の不動産業はあいかわらず電話とFAXという世界など違いもよく分かります。

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征夷大将軍 研究の最前線

 【書 名】征夷大将軍 研究の最前線
 【著 者】関口祟史&日本史史料研究会
 【発行所】洋泉社歴史新書
 【発行日】2018/04/19
 【ISBN 】978-4-8003-1458-1
 【価 格】980円

武家の棟梁として幕府を開くには征夷大将軍にならなければという説がありますが、もともと源頼朝が朝廷に求めたのは大将軍という地位。各地には藤原秀郷、源頼義など将軍と呼ばれた氏族の子孫がいて、一歩抜きんでた存在となるには将軍の上である大将軍になる必要がありました。

大将軍にもいろいろあり、木曽義仲が任じられた征東大将軍は義仲が非業の死を遂げたこともあり縁起が悪いということになり、坂上田村麻呂という実績があった征夷大将軍に任命されたというのが、そもそものようです。また征夷大将軍は源氏がなるものというイメージがありますが、そんなことはなく鎌倉時代後半には公家がなっていました。南北朝で討幕運動をしていた有名な護良親王も征夷大将軍になっています。


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